「君も大概難儀な魂だな」
白い駒が一つ進む。僅か細まる真鍮を見ないように。
「命題が『想い人を追い掛ける』なんてさ」
「そうですか?」
黒い駒が一つ動く。馬の嘶きは悲しげで。
「だって君、万が一想い人に追い付いてしまったら、そこでお仕舞いなのだろ」
「そうですね」
白い駒が一つずれる。血の気のない指先が踊るよう。
「一度目は確かに其所で尽きました」
「かといって、追い掛けないならそれはそれで
また終いなのだろ?」
黒い駒が一つ飛ぶ。塀も越える軽やかさで。
「ええ、五度目くらいにそれで失くなりました」
「望みを叶えるためにあがき続ける間しか生きられないのを、難儀と呼ばずして何て言うんだ」
白い駒が一つ添う。小さく零れた幸福の微笑み。
「一度、突然終わってしまったことがありました。
私の想い人が、私より先に召されてしまったので」
「……其処まで前提条件が要るのかい」
黒い駒が一つ倒れる。挫け倒れた旅人のように。
「でも。ということは。私が追い掛けられるのは、
あの人もまた私の事を求めてくれているからだと」
白い駒が一つ転がる。盤上にただ一つきり。
「幾度の生でも変わらぬ執着を、僥倖と呼ばずして
どうすれば良いのですか」
<ルール>
「ごしゅじん、また雨?」
「また雨、みたいだねぇ」
傘の上、飽きもせず音を立てる雫は
相も変わらず重く塩っぽく。
たまには見たい明るい日差しも、
暗く沈鬱な影に隠れて。
「いかないの?」
「ん?ああごめん行くよ。今日は何処だっけ」
「川のきのぞ。雨でおいしくなる」
「当たり」
「でもあんまりおいしくない気がする?」
「おっと、よく気付いた」
毎日雨雨雨模様の川岸は酷く荒れ、
半ば以上水に浸かった葉を引き抜く。
生き生きとしているように見えて、その実
ぐじゃぐじゃにふやけて崩れ落ちる。
「きのぞが美味しいのは雨が降った後に晴れるから」
「……ずっと雨?」
「そういうこと。大事なのはどれだけ差があるか」
絶望の雨に浸り溢れるようでは、このご主人も長くなかろう。
<今日の心模様>
4/25/2024, 12:58:14 PM