【鳥かご】
僕の家には大きな鳥かごがあった。屋敷の一番端に建つ塔の最上階、天井から吊り下げられた精緻な細工の金色の鳥かごの中には、海のように深い青の瞳を持つ、背中に大きな純白の翼を生やした人間が端座していた。
後継ぎの役目だからと、僕は幼い頃からその『鳥』の世話を任じられていた。食事を用意し、かごの中を掃除する、その程度の仕事だった。
昔は疑問にも思わなかった。だけど学校に通い、外の人たちと関わり、僕はこの習慣を疑問に思った。だっていくら異形とはいえ、あの『鳥』は人間だ。言葉を交わしたことも何度もあるし、僕が自分のデザートに用意されたジェラートをこっそりと持ち込んだときには本当に嬉しそうに笑ってくれた。人間をかごの中に閉じ込めておくなんて、どう考えても間違っている。
厳格な両親に直接訴えるほどの度胸はなかった僕はある日、鳥かごの鍵をわざと閉めずに学校へと向かった。ご丁寧に窓まで開けて。これできっとあの『鳥』は、大空へと飛び立っていくだろう。両親にはこっぴどく叱られるだろうが、うっかりしていたと平謝りすれば良い。
達成感半分、ずっと一緒だったあの『鳥』にもう会えない寂しさ半分で、学校から戻って真っ先に鳥かごへと駆けた。夕日の差し込むかごの中、白い翼の君は変わらずそこに佇んでいた。
「……逃げなかったんだ」
思わず小さく呟けば、『鳥』は静かに空へと視線を向けた。
「この異形の体では、外に出ても見せ物にされるだけだ」
諦めたような声だった。そうしてその『鳥』は不意に僕へと視線を移す。美しい紺碧の瞳には、僕の姿が無機質に反射していた。
「それに、私が逃げればそなたが罰を受けよう」
柔らかく、花が綻ぶように君は微笑む。開け放たれた鳥かごの中、端座したままの君へと僕はそっと手を伸ばした。
「なら、いつか。僕が君を外へ連れて行くよ。堂々と大手を振って君が外に出られるような場所に、この世界を変えてみせる。だからそれまで、ここで待っていて」
差し出した小指に、君は指を絡ませなかった。ただ慈しむような眼差しで僕を見つめた。
「期待せずに待つとしよう」
寂しげな声色の影に潜む、祈るような優しい響き。力強く頷いて、僕は鳥かごの扉を閉めてかちゃりと錠をかけた。
7/25/2023, 10:33:19 PM