Haru

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      私からの10年後の手紙

「成功ですね...」
「ああ...」
その研究室には二人の男がいた
試験管に入った透明な液体を見て二人は感慨のため息をつく
「この薬がたくさんの人々を救うんですね、先生...」
「ああ、そうだ。今までよく頑張ってくれた」
先生と呼ばれた男は助手らしき男の肩口に手を添える
「先生が僕を誘ってくれたあの日から、もう8年も経つんですね」
「あっという間だったよ...なんとか間に合ってよかった」
「さあ、最後の仕事ですよ、先生」
「そうだな」
男たちは実験室を出て廊下を進んでゆく
どこまでも白い洗練された廊下
二人の急くような足音だけがそこに響いていた


「あーしんどー」
8月。
燃えるような灼熱が身体中を予断なく焦がす
今日の最高気温は31度、今年に入って一番暑い日だ
こんな日に外出をしているのには理由がある
俺は大学6年生
そう、就職活動である
必死に勉強した高校時代、その甲斐あって有名大学の医学部に進学できた、できたんだが...
「はあ...なんで医学部にきたのかねえ...」
俺は血がダメだった
見るだけで体が拒絶反応を起こす
解剖などもってのほか
外科、内科、循環器内科、ほとんど無理でした...
なので仕方なく就活
こんな暑い日にせかせか頑張ってるわけです
今日受けるのは大手製薬会社の面接、失敗は許されない
「よしっ、気を張っていくか!」
やるしかないのだ


ダメだった...
面接の日から5日後
今朝届いたメールだったが、なかなか開けられず、内容を確認したのは夕方ごろ
「うそだろ...」
受け答え結構上手くいったと思ったんだが、ダメか...
これでもう12社目
自分の不甲斐なさにヤケになる
「散歩にでもいくか...」
全く、上手くいかない人生だ


「あれ?」
散歩から帰って郵便受けをのぞくと手紙が入っている
気になってとってみると、そこには自分の名前と「読んでね」という文字が書かれている
「なんだこれ...?」
家に入り手紙を開く

10年前の僕へ

やあ、こんにちは、10年前の君
僕の名前は大芝徹。君と同じ名前です
まあそれは当たり前なんだけどね笑
信じてくれるかわからないけど、僕は10年後の君です
何言ってんだって思ってる?僕もこんなのが届いたらそう思うよ
でも、ホントだから、聞いて
そっちの方の今である2023年から10年後にとあるウイルスが生まれます
そのウイルス致死率は98%
こっちの世界では表れて2ヶ月で1億人以上が亡くなってる、やばいでしょ?
僕らも急いで特効薬を作るつもりだけどかなり絶望的なんだ...
だから君に頼みたい
10年前から特効薬を作って欲しいんだ
ウイルスに関する情報は送れないんだけど、ひとつ大事な情報がある
そのウイルスにかかる一人目の人だ
僕も驚いたんだけど、このウイルス8年間も潜伏してたんだ
しかも無症状だから気付けない
症状が出て、気づいた時には遅かった、多くの人々が罹ってたからね
だからその一人目を見つけて協力させるんだ
その人の名前は、高田慎二
長崎県長崎市西浦上町出身の22歳男性だよ
君にしか頼めないんだ
どうか頼むよ


「は?」
こいつはなにを言っているんだ
大体2ヶ月で1億人って...そんなわけないだろ...
「はあ...ばからし」
大体俺は血が苦手なんだ、誰のイタズラか知らないが、もう少しまともな嘘にしてほしいもんだ
そんなことより腹が減った。こんな手紙より夜ご飯だ
体の内から感じる空腹感に耐えながら立ちあがろうと手に力を入れる
「うおっ」
足を滑らせ転んでしまった
右手に持っていた手紙が空を舞い、顔に被さる
「痛ってえ...」
手紙をとる。ふとあることに気づいた
さっきと文章が違う...?
「これ裏もあったのか...」
まだ阿保の戯言は続くのか...
くだらないとは思うが、尻の痛みが消えるまでは付き合ってやろう

とは言ったけど君は血が苦手だからね、医者なんて無理だって思うだろうなあ
だけどね、それは違うよ
君が本当に恐れているのは痛みだ
痛みは出血を伴うことが多いからね
現に僕は医者として現地を走り回ってる
研究者だってできるはずなんだよ
なあ徹、負けるなよ。
お前は確かに人より何かをうまくはできない
でもそれは最初だけだろ?
勉強だってスポーツだって死ぬほど努力したからできたんだ
俺たちは努力の才能があるんだよ
だろ?徹


努力の才能。父さんがよく言っていた言葉だ
いつも俺を励まして、応援してくれた
そんな今は亡き、父の言葉
「なんだよ...」
辛い大学生活だった
友人関係もうまくいかず、医療の道には進めないと言われ、それを誰にも相談できなかった
救われたような気がした
ある日ぽっくり逝ってしまった父さんがまた、励ましてくれているようで
胸の中がポカポカする
頬を走るように涙が溢れた
もう、迷いはなかった


「さあ、慎二さん。これを飲んでください」
「完成したんですね...!わかりました」
慎二はそう言って、もらった薬を水と一緒に飲み下した
「経過観察のためにあと1ヶ月だけいてもらいます、長い間本当に申し訳ない...」
防護服を着た男が深々と頭を下げる
「いいんです、先生が僕の人生を変えてくれたんですから」
その笑顔は屈託なく、慈愛に満ちたものだった


病室を出て、防護服を脱ぎ、そのまま外へ出る
陽気な日差しと鳥のさえずりがあたりに充満していた
「終わったよ、父さん、10年後の俺」
太陽の光がシワの刻まれた彼を祝福していた

2/16/2023, 8:00:26 AM