テツオ

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夜のもたつく暑さに風を生み、ビュッと飛び回る鳥たちが、ふとクチバシを地面へむけたとき、生き汚い生物の文明を見るのだ。

おれは、その文明の光に照らされて、ただ黒がむさ苦しいだけの夜空を見上げてる。
そこら中の居酒屋回って名前も知らない出来上がった親父と肩組んだり、愚痴聞いたり、ジョーダン言い合ったりしてるうちに、もうこんな時間だ。

「ハア」

意味無い考え事なんてしてる間に、歩いておけば、今頃ベッドでぐっすりだったかもしれない。
いや、ベッドじゃなくて、マットレス。
……わざわざ言い直したからには、細かく言わなきゃならないかな、ホコリっぽくて、顔を横に転がすだけでヒドイ音が鳴る、古くて薄いマットレスだ。

「細かいトコ、気にしすぎだな」

歩き出してみると、すぐ歩いてるのが普通になった。
さっきまで止まってた自分の感覚が乖離していって、どっかに無くす。

なにを考えてるんだか。相手に目という器官、もしくは目に似たなにかがないと、人間は相手を不気味に思う、と聞いたことがある。
それはあながち間違いじゃないんだな、と思った。

道に浮かぶシャボン玉から、でたり入ったりしてるとめにはいる、外甲で覆われた街灯のランプ部分。
そいつを街灯のてっぺんとして、シャボン玉をつまさきとする。
歩いてるうちどんどんデカく成長していく街灯を、上から下へ2、3度見ると、なんだかそいつは白いドレスを着た貴婦人のように見えてきた。

外甲が、頭を下げているようにも見え、逆に前をしっかりと見据えているようにも見える。
彼女の白いドレスに踏み込むが、彼女はなにも言わず、おれもなにも言わずに無遠慮に、貴婦人のドレスの中を歩んだ。

また前を見ると、貴婦人たちはこぞって白いドレスを着用して、道に並列している。
こぞって誰かをただ待つように、どこかを見据えるか足元を見ているかしている。

それをおれなんていう、真夜中をほっつき歩くようなバカ者が無遠慮に、彼女らの純なドレスへ侵入していく……

なんだよ、いやに想像力ばっかり働くな。
ポケットに手を突っ込む。彼女らから見れば、いまのは「田舎と酒くさい男が、つっけんどんにポケットへ手を落とした」なんてカンジに、格好悪いだろうけど、おれはとにかく家に帰って、シャワー浴びて、一刻も早く、寝たい。

だが彼女たちはたしかにいるような気がして、胸騒ぎがする。
街灯を女に見立てて、その本来恩恵であるハズの明かりを、ドレスなんかに見立てて、何を言ってるんだってかんじだ、だが、やはり彼女たちはたしかにいるんだな。

「……うーん」

苦し紛れに唸ってみても、反応なし。
彼女らはおれとの、我慢比べみたいなもんに勝ったってのに、喜びすらせず、誰かを待ち続けている。

すと前を向くと、ドレスがあと1着しか見えないことに気がついた。
次で終わりなんだ。

おれは、くやしいが、頭をボリボリかいて、またもう一度唸って、手を組んで、格好ばっかり偉そうにしながら、……くやしいが。
ドレスとドレスの間にある、暗がりの中をカニのように横歩きし、一番最後のドレスをぐるっと避けて、ドレスの列から抜け出した。

なぜか、息をあらげたくなるような疲れの中で、ドレス列を振り返って、ゆっくり膝に手を当てる。
腰をおり、欲のとおりゼーハーとした。無様だ。

……この体制でいると、内ポケットに入ったスマホが落ちないか心配になる。
だけども、心配して結局落ちたことはなかったから確認するのも骨折り損というわけ。

ブブッ!とバイブ音がした。

「だ!」

内ポケットが震えているので、そいつがすぐスマホの音だとはわかったが、おれの震えた声は、驚愕と畏怖によるものだとはわかりたくない。

とにかく、バイブは着信用の通知音だ。
さっさと取り出し、確認すると『]:)』と表示されてる。いや、させてるの間違い……?
どっちでもどうってことない、とりあえず電話に出た。

なんとなく、ドレス列へは背中を向ける。

「もしもし……こんな時間にどうしたの?」
『え?あれ?電話かけちゃった??
もしもしぃ〜???』
「……酔ってる?」
『質問で質問に答えるんじゃないわよ』
「いまの質問だったか?」

酔った彼女は死ぬほど厄介だ。
どんな心おおらかな人物でも、彼女と飲めば最終的に彼女をガレージにぶち込んで、あさまでそこに閉じ込めておくくらいには。

しかし、今おれは彼女に対面しているわけではないし、もっとも酒さえなければものすごく良い女性だ。
つまり、なんの問題もない……モーマンタイ。

「間違い電話みたいだし、切ってもいいか?」
『おっけーほっけーまるもうけー』

耳元からスマホを下ろす。スピーカーにはしてないんだけど、彼女のムチャクチャな笑い声が響く。
親指で赤ボタンが覆い隠され『あ、まって!』今に押そうとしたところで止められた。

「ほい、なに?」
『……いまからお店これる?』
「えっ」

そのまんまだ。
行く気もないし行ける気もしないし行きたいとも思わない。

『──店にいるから、きてね』
「あ、……いや〜……うーん」
『なあに?』
「いや、……わかった、行くよ」
『やった〜っ!10分できてね!』

電話はあっさり切れた。
彼女に敵意はなかったのに、なんだって断れなかったのか、見栄か、なにかかな。

「ハア」

おれは抜けて出てきたドレス列から外れて、暗がりの方を歩いた。
それでも白いドレスはうっすらとおれの歩く道を照らしてくれていて、それが、おまえは結局離れられないんだって囁かれてるような気にさせてきて、気分が悪い。

「……お」

ふと、ドレス列の方を向くと、鳥が一羽、黒い羽毛を流動させながらビュッと、貴婦人のドレスを抜けていった。

顔で追うと、鳥は最後のドレスから抜けると、暗闇の海に溶けて消える。

やっぱり、なんていうか、鳥とか豚とか牛とかは、人間を凌駕した賢さをもってるのに違いないんだろうな、と、思った。

7/8/2024, 12:58:25 PM