G14(3日に一度更新)

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 星を追いかけていたら、迷子になった。
 何を言っているか分からないが、実際そうなのだから仕方がない。
 私は暗い森の中で、一人途方に暮れていた。

 1時間前のことだ、私は親と喧嘩した。
 ちょっとした小言から大喧嘩に発展し、「絶交する」と飛び出したのだ。
 しかし行く当てもなく、スマホも家に忘れてしまったので、街を彷徨うはめになった。
 そんな時、あるものが目の前を横切った。

 それは星のように輝く光の玉。
 まるで空に浮かぶ星のようだった。
 その星は「急がないと、急がないと」とピカピカ光りながら駆けていき、そのまま闇へと消えた。

 その様子がまるで『不思議の国のアリス』のウサギみたいだと気づいた私は、親と喧嘩したことも忘れ、走り去るウサギ星を好奇心だけを胸に追いかける。
 だがウサギ星は足が速かった。
 あっさりと見失い、気がつけば森の中にいた。

「どうしよう……
 家に帰れない」
 人里離れた森の中、人の気配はどこにもない。
 このまま誰にも気づかれずに死んでしまうのだろうか……
 後悔と恐怖が胸を締め付ける。

 そんな時だ。
 遠くの方から人の声が聞こえて来たのは。
 『アリス』のようにパーティでもしているのか、とても楽しそうな雰囲気だ。
 助けが期待できるか分からないが、ここにいても仕方がない。
 私は一縷の望みをかけて、声のする方に向かう。

 歩くことしばし、開けた場所に出ると、そこは黒で統一されたパーティ会場だった。
 黒いテーブルクロス、黒いイス、そして黒いティーポット……
 普通のパーティではなかった。

 異様な光景だが、恐怖を感じなかったのは出席者たちのおかげだろう。
 会場には、さきほど追いかけたウサギ星のような光の玉が、楽しそうに騒いでした。
 黒い背景に浮かび上がる、光の数々。
 まるで夜空に浮かぶ星々のようだった。
 
 星を追いかけて、星空を見つける。
 ちょっとロマンチックだ。
 スマホが無い事が惜しまれる。
 持っていたら、写真に撮ってSNSに上げたのに。
 そんな事を考えながら幻想的な光景に見とれていると、星たちの一人?が私を見つけた。

「おや、そこのお客人。
 招待状はお持ちですかな?」
 落ち着いて威厳に満ちた声がその場に響く。
 長老だろうか?
 声の主は、大きく、そしてこの場の誰よりも眩く輝いていた

「いいえ、持っていません。
 歩いていたら道に迷ってしまい、ここに迷い込んでしまいました」
「それは大変でしたね、お客人。
 後ほど道を案内させましょう」
「ありがとうございます」
「しかし今はパーティの時間。
 終わるまでここでお楽しみ下さい」

 私は長老星に促されるまま、私はパーティに参加することになった。
 立ったままも体裁が悪いので、長老星の隣にある誰も座ってない椅子に腰かける。
 そして、テーブルの上にある金平糖を食べながら、私は長老星に気になったことを尋ねた。

「これは何のパーティですか?」
「これは私の葬式ですよ」
「お葬式!?」

 私は思わず叫ぶ。
 葬式なのに、目の前で本人がピンピンしている……
 どういうことだろうか?
 生前葬というやつ?
 私が首をひねっていると、長老は説明し始めた。

「まず最初に。
 私たちは星のように見えますが、星そのものではありません。
 星が放つ光が、意思を持ったものが我々です。
 お客人は、星から出た光が時間をかけて地球に届くことをご存じでしょうか?」
「ええ、知ってるわ。
 光にも速さがあって、遠ければ遠い程時間がかかるんでしょう」
「はい、そうです。
 私の場合、本体は50億光年離れた所にいます」
「それとお葬式に何の関係が?」
「実は、私の大元の星が死んでしまったのです」
「なんですって!?」

 私は言葉を失った。
 たしかに、地球に届く星の光には時間差がある。
 なので、死んだ星の光が地球に届くこともあるだろうか……
 こうして実際に目にすると驚きしかない。
 私が混乱している間も、長老星は言葉を続ける。
 
「お客人は、『超新星爆発』をご存じでしょうか?」
「いいえ、知らないわ」
「では簡単にご説明しましょう。

 星の終わりには、大きく分けて二つあります。
 これはその星の重量によって決まります。

 軽い星は――といっても太陽の8倍までは軽い星扱いなのですが――寿命が来ると、一度大きく膨らんだ後、風船みたいに空気が抜けていくように小さくなって消滅します。
 一方、重い星は寿命が来ると、大きく膨らむことは無く、そのまま大爆発するのです。
 これが『超新星爆発』なのです」
「そうなのね……」
「爆発の際、星は強い光を発します。
 今の私は強く輝いているでしょう?
 これこそが『超新星爆発』の光。
 そして星が死んだ証拠なのです」
「どうにかならないの?」
「どうにもなりませんね。
 爆発の期間は、数週間から数年とまちまちですが、私の本体があるのは50億光年も向こう。
 既に跡形もなく消滅している事でしょう」

 衝撃の事実になにも言えない私。
 なんと言葉をかけるか悩んでいると、長老星は優しく慰めてくれた。

「落ち込むことはありません。
 今を生きるお客人には想像がしにくいでしょうが、星の死と言うのは決して悪い事ではありません」
「どういう意味?」
「爆発の際、たくさんの元素を宇宙に放出します。 
 その放出された元素がやがて新しい星を形作るのです。
 もしかしたら地球にもやってくるかもしれません。
 天文学的な確率ですけどね」
「そうなんだ」
「ええ、ですから怖くないは嘘になりますが、それ以上にワクワクしています。
 私の死が、新しい命を生み出すのですからね――
 おっと」
 長老星が何かに気づいたかのように、話を中断する。
 なにかあったのかと不思議に思っていると、さっきまで騒がしかった会場が静かな事に気づいた。

「パーティも終わりのようですね。
 話し込んでいる間に、ずいぶんと時間が経っていたようです」
「貴重な時間を邪魔してごめんなさい」
「いえいえ、お話しできて楽しかったですよ。
 人間と話すのは初めてでしてね。
 つい、時間を忘れてしまいました」
 言い終わると、長老星は優しく光った。

「ではお客人、さようなら。
 最期に楽しい時間をありがとう」
「ええ、お星さま、私も楽しかったわ。
 またいつか会いましょう」
「お客人、それは……」
「自分は死んだからもう会えないっていうんでしょう」
「ええ、まあ」
 困惑したように不規則に光る長老星。
 私はその反応を見て、イタズラっぽい笑みを浮かべる。

「さっき言ったじゃない。
 もしかしたら地球に来るかもって」
「それは言いましたが、しかし……」
「いいじゃない、細かい事は。
 50億光年も離れているアナタとおしゃべりしているのよ。
 この奇跡に比べたら、それくらい簡単よ」
「これは敵いませんな。
 まずありえないことですが……
 とても好きな考えです。
 私もまた会う事を信じましょう。
 ではまたいつか」
「またいつか」

 そうして長老星と別れを告げた後、私は別の星に道案内された。
 光の大きさと点滅具合から、最初に追いかけた兎星に違いない。
 自信満々に道案内する様子から、土地勘もあるようだ。
 (ひょっとしてこの辺りに住んでる?)
 今度この星をストーキングして、どこに住んでいるか調べるのもいいかもしれない。
 そんな事を思っていると、私はあることを思い出した。

「親と喧嘩したままだった!」
 楽しい経験をしたせいで、喧嘩の事をすっかり忘れていた。
 このまま家に帰るのも負けたようで悔しいが、かといって行き先を変えてくれとも言えない。
 気まずい思いを胸に抱えながら、ウサギ星の後を付いて歩く。

「なんか奇跡が起こって、時間差で既に仲直りしているとかないかな……」
 無理だ。
 だって奇跡は滅多に起こらないから奇跡なのだから。

「あーあ、誰かどこかに私の味方をしてくる人はいないかなあ」
 頭を抱えながら空を見上げると、一筋の光が流れたのだった。

7/27/2025, 2:36:36 AM