彼女が眠る前に、伝えたかったことがある。けれど、今日は思っていたよりも残業が長引いたせいで、帰って来た頃にはもう出来なくなっていた。倦怠期、という言葉があるが、僕たち夫婦がそれに当てはまっているのかどうかは、今となっては分からない。愛の言葉を伝え合う習慣がなくなった。付き合いたての頃より、スキンシップが減った。けれど、今も変わらず同じベッドで寝ていたし、彼女の作る料理に美味しいと伝えていた。感謝の言葉も欠かさず伝えていた。それだけで十分だと思っていたのは、僕一人だったということなのだろうか。
同僚が、妻のことを愛せなくなったと言っていた。些細なことがキッカケで、言い合いになったらしく一ヶ月前に離婚したのだと言う。「そんな奴だとは思わなかった」と一方的に吐き捨て、縋り付いた妻を殴ったらしい。僕と妻は日頃から言い合いが多かった。けれど、喧嘩の最後には、それでも君のことが好きだと伝え合うことで、離婚をするまでには発展しなかった。しかし、最近はその喧嘩すらもしていなかった気がする。何故かは明白だ。単純に、喧嘩をするまでに至らなかった―――雑談を交わす時間が極端に減ったのだ。僕の仕事が繁忙期に入ったのが原因だろう。ただ、それは妻にも伝えていたし、不満があるようにも見えなかった。それは、欺瞞だったのか。と、すれば、彼女が僕に嘘をついていたのは最近のことではないのだろう。最長で、約一ヶ月前―――。
自分にだけ非があるとは思わない。けれど、確かに僕も悪かったのだろう。
愛していた。それだけは今なお揺るがない。だから、僕は今日出勤する。これが最後になるだろうが、彼女がいない今、働く理由が思い付かなかったのでさして問題はない。
テレビでは、先日都内で行った殺人事件の情報が流れていた。犯人は不明で現在捜査中。だが、僕には犯人の見当が付いている。動機はおそらく、男女の縺れといったところだろうか―――犯人は、殺すつもりはなかった、と言うだろうけど。
11/2/2024, 11:28:19 AM