すゞめ

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『今年の抱負』

 あれ、いない……?

 二度寝から目が覚めたとき、彼女の姿は既にベッドにはなかった。

 相変わらず、早いな。

 三が日の中日だというのに、生活リズムが変わらないのはさすがだ。
 ダル重い腕を伸ばして、ベッドボードに置いた眼鏡をかける。
 ついでに携帯電話で時間を確認した。
 時刻は11時を回っており、さすがに寝過ぎたと飛び起きる。

 顔を洗ってリビングに向かえば、彼女は携帯電話を片手にソファで寝っ転がっていた。
 めずらしく気の緩んだレアな姿に、たまらず俺は彼女の背中に顔を乗せる。

「わふっ?」
「寝るならベッドに行ったらどうですか?」
「別に眠たいわけじゃないし」

 なにを思い立ったのか、彼女は背に顔を乗せている俺にかまうことなく寝返りを打った。

「あ。ねえ?」

 ほよ、と、背中の枕がしなやかな弾力をした腹筋に変わる。
 払い除けられるどころか、そのまま頭を撫でられた。

 なんだこの体勢は。
 至福の極みでしかない。

 おとなしく身を委ねていると彼女が口を開く。

「れーじくんって今年の抱負とかあったりする?」
「抱負、ですか?」

 腹枕にしたまま視線を絡めると、彼女はうなずいた。

「もちろん私は世界征服なんだけど」

 なんて?

 上機嫌に音符を飛ばしているのが見えるが、成人女性として躊躇いなく口に出してしまうのはいかがなものかと思う。

「それは……」

 俺的にはそんな彼女もかわいいから、全然アリだ。
 むしろ地の果てまで着いていくし、なんなら伴侶として彼女を支えたい。

 とはいえ、だ。

 無垢な姿勢を崩さない彼女に対して、俺はため息をつく。

「年齢的に口に出さないほうがいいヤツでは?」
「ん? あ、違う違う。間違えた。世界制覇」
「似たようなものでは?」
「失礼な。私は平和主義だろうが」

 それは、鼻で笑い飛ばしながら放っていいセリフではないはずだ。
 態度でも口でも煽り散らかすクセに、正月ボケでもしているのだろうか。

「私のことより、れーじくんの話だよ?」
「うーん。そうは言われましても」

 言い淀む俺を急かすことはしないが、逃してくれそうにはなかった。
 しかし、抱負として掲げるほど大仰な目標を持ち合わせているわけでもない。
 苦し紛れに、やりたいことを伝えてみることにした。

「今年も目いっぱい、あなたを愛すること……なんてどうです?」
「はあ?」

 彼女は納得できずに眉を寄せたが、存外、俺にはしっくりきていた。

 俺の人生目標は、彼女と一生一緒にハッピーに過ごすことである。
 目標達成の第一歩としてはうってつけだ。

 ここぞとばかりに、屁理屈にも似た抱負を熱弁する。

「あなたに愛想を尽かされないように努力を惜しまず、今年も慢心せずに愛を注いでいく所存です」
「過剰供給だから」
「そこは、がんばって受け止めてくれないと困るんですが」
「これ以上は心臓がパンクしちゃうからいらないでーす」

 ふーん?
 そういう態度、取るのか。

 ツンケンしている彼女もかわいいが、ここは素直に俺の愛で絆されてほしかった。

「まあ、俺が寝ている間にコソコソとキスをする程度には、好きでいてくれるようでホッとしています」
「んなあっ!?」

 澄ました彼女の頬が一気に赤らみ、ソファから逃げ出そうとする。
 形勢を整えるため、俺はそんな彼女の体の上にのしかかった。

「なんっ!? お、起きっ、て!?」
「あれだけチュッチュ、チュッチュされたら、さすがに起きるでしょう」
「そ、そんなにしてないっ!」

 ごまかすことを諦めた彼女が、ヤケクソになって開き直ってきた。
 彼女の火照った頬を指で突く。

「右人差し指で頬を3回、突かれました」
「へっ?」

 柔らかな頬を撫でたあと、首筋に指先を滑らせた。

「胸元に擦り寄ってきたかと思えば、首筋に1回キス、しましたよね?」
「あ、あわ……っ?」

 今朝方、彼女にされたように首元に頬擦りをしたあと、薄く皮膚を食んだ。
 刺激に反応して彼女の皮膚が小さく跳ねる。

「そのあと頬に3回、おでこに2回、耳たぶに1回」
「ま、待って!? なに数えてっ!?」

 俺の体を押し退けようとする彼女にかまわず、唇を塞いだ。
 余程、狼狽えているのか、彼女がなにか言いた気に薄く唇を開く。
 そのわずかな隙に、つい舌を捻じ入れて彼女の体温を堪能した。

「唇に2度、軽く触れたあと、最後は5秒ほど熱烈なキスをしてくれたのに」

 唇を離せば、恥ずかしさの限界に達した彼女は、両手で顔を隠してしまった。

「あれのどこが『そんなに』の部類に含まれますか?」
「…………お、起きてたなら起きてよぉ」
「あなたがかわいいあまりに、うっかり二度寝してしまいまして。それに関しては、不徳のいたすところですね」

 両手で顔面を覆う手の甲の上に、キスを落とす。

「今年は俺が起きてるときにキスをしてくれるように、がんばります」
「やだ、無理っ」

 両膝を抱え、彼女はソファの背もたれに顔を埋めて丸まった。
 耳まで真っ赤にしながら彼女はぽしょぽしょとつぶやく。

「もうしないもん」
「なんでですかっ!?」

 からかいすぎて、彼女が本格的にいじけてしまったようだ。
 ソファの上でダンゴムシになった彼女を俺は必死に宥める。
 今年の抱負は、彼女の照れ具合を見極めることになりそうだ。

1/3/2026, 8:21:37 AM