薄墨

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ミルクがモヤのように広がっていく。
お茶の中に落としたミルクは、ゆっくりと、でも確実に、お茶と混じり合ってミルクティーになっていく。

エントロピー増大の法則だ。
放っておけば、全ては混沌に変わっていく。
ぐちゃぐちゃの、複雑で、境界の曖昧なものに変わっていく。

暖かさと冷たさは混じり合い、ミルクと紅茶はミルクティーになり、ケーキは私の体内に溶け込む。
変わらないものはない。
みんな無秩序に変わっていく。

糸が切れてバラバラになった本が、手元に落ちている。
足元に散らばった紙切れやペットボトルが、部屋の景色に同化している。

すっかり混ざりきって、ぬるくなって甘くなったミルクティーを口に含む。
紅茶の香りが立って、まろやかでほのかな甘さが、口の中をゆるゆると下っていく。

お気に入りの本だった。
バラバラに崩れてしまったこの本は。
しかし、この世界は、エントロピーが増大する法則に則って動いていて、変わらないものはない。
だから仕方がないのだ。

そう言い聞かせながら、ミルクティーを啜る。

小さい頃に初めて買ってもらった本だった。
うちの親は、あまり子どもが好きではなかったから、何か嗜好品を買ってもらうなんて、なかなかないことだった。
おまけにやっと買ってもらったこの本も、当時から私の好みではなかったし、なんなら子ども向けでもない。

それでも、この本を買ってもらった時は嬉しかったのだ。
嬉しくて、この年まで大切な宝物だった。

しかし、それも今壊れてしまった。
本のページと書類とチラシが混じり合って、混沌を作り出している。

変わらないものはない。

私はミルクティーを啜る。
ケーキをフォークで崩して、咀嚼する。
この部屋のエントロピーは増大し続けている。

変わらないものはない。
変わらないものはないのだ。

私は私に言い聞かせる。
親が離婚したあの夜のように。

ケーキをゆっくりと味わう。
窓には結露が流れていた。

12/26/2024, 2:57:12 PM