夜。私の部屋から見えるのは、月ばかり。
しじまの中、私は便箋に筆を走らせる。
元気ですか 風邪など引いていませんか
ひと目あなたに会いたいです
どうか許してくださいとは書かない。許してもらえるはずがないから。
返事をくださいとも書かない。そもそも、この手紙が読まれるとは限らない。いつものように、あてどころ不明で戻ってくることだろう。
それでも私は、ここで手紙をしたためるしかできない。
読まれることのない手紙を、書く。
私の罪は、家族の人生をも狂わせた。
彼を刺したのも、こんな月だけが浮かぶ夜のこと。
息子の同級生に言い寄られ、付き合うようになり、密会はホテルで重ねた。不義の恋に私は溺れ、息子の同級生は初めての女の体に溺れた。
愛欲だけの関係だった。わかっていたのに、別れを切り出され目の前が真っ暗になった。
付き纏い、LINEを立て続けに送りつけて、鬱陶しがられた。挙げ句、いい加減警察呼ぶぞおばさんと罵られ、私は逆上した。
部活帰りの彼を、駅で待ち構えて包丁で刺したーー
息子はどうしているだろう。収監されている部屋で、私は毎日我が子を想う。
母親が殺人者になったあの子のこの先の人生を思う。刺した相手の顔は、もう思い出せないというのに。
私はただペンを動かす。その音だけが部屋にひっそりと立ち上る。
息を詰めてひと文字ずつ便箋を埋めてゆく。
#静寂に包まれた部屋
9/29/2024, 10:47:32 AM