名無しの夜

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 ……いっそ溺れてしまえばいいのに、とアタシは思うの。

 いつでもアタシを一番に気にかけて、何でも率先してやってくれるアナタ。


 だからアタシも精一杯、愛を注ぐの。
 全身で、全力で。


 アタシの愛で、アナタが溺れてしまうくらいに。



「ちょ——愛ちゃん! ステイ、ステーイ!
 愛ちゃん重いからッ! パパ潰れちゃうから!!」


 ……レディに対して失礼ね。
 仕方ないでしょ、アタシは由緒正しきセント・バーナード犬なんだから。


 ムッとしつつも指示には従って、ちゃんとアナタから引き下がってお座りしてあげるの。


 これも愛よ、わかっているのかしら。


「あああ、せっかくスタイも取り替えたのにビショビショじゃないか……」

 ボヤきつつ。
 アナタはビショビショになった洋服姿のまま、アタシの口周りを拭ってくれるの。
 嬉しそうに。


 だからアタシはまた愛を注ぐの。

 ……アナタが溺れるほどに。


 大丈夫、もしもアナタが本当に溺れてしまっても。

 アタシがきっちり助けてあげるから、何にも心配いらないわ。


 だってアタシは由緒正しき、優秀な救助犬たるセント・バーナードですもの!

12/13/2023, 2:02:31 PM