G14

Open App

「ううう、拓哉ぁ」
「泣かないで、咲夜。
 ほら、ティシュで鼻チーン」
「ありがとう、佳子ちゃん……
 ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛」
 咲夜は、私が差し出したティッシュを受け取り、思いっきり鼻をかむ。
 ちょっと汚いなあと思いつつも、そんなことはおくびにも出さない。
 さすがに泣いている友人に、追い打ちをかけるような真似はしない。

 朝からずっと泣いている咲夜を見かねて、私は彼女を慰めていた。
 もともと些細なことで一喜一憂する子だったので、いきなり泣き始めるのは日常茶飯事、最初は放置するつもりだった。
 だが今回は様子が違い大泣きしている……
 これはただ事ではないと思い、私は慰めつつ事情を聞くことにしたのだ。
 クラスのみんなも気になったのか聞き耳を立てている。
 教室にはいつもの喧騒は無く、静寂が支配していた。

「少しは落ち着いた?」
「うん」
「何かあったか、言ってみ?」
 聞いてはみるが、大方の予想はつく。
 きっと、仲のいい彼氏と喧嘩でもしたんだろう。
 普段の振る舞いからは想像できないが、それくらいしか咲夜が大泣きする理由が思いつかない。

 咲夜は、別のクラスの拓哉君と、付き合っている。
 苗字は知らない。
 いつも咲夜が『拓哉』としか言わないし、特に話したことも無いので『拓哉君』と呼ぶしかないのである。
 
 咲夜と拓哉君はとても仲が良く、休憩時間はウチか拓哉君のクラスでイチャイチャしている。
 もはや日常風景なのだが、そんな二人が今日に限って一緒にいないのだ。
 喧嘩以外の何があろう。

 けれど二人の熱愛ぶりは、クラスメイトにはいいように思われてない
 だってクラスには、恋人がいないヤツが多数派だ。
 TPOを弁えろと思っている奴は、一人や二人ではないだろう……
 かく言う私もその一人だ。

 だが咲夜は、私の大切な友人なのだ。
 ちょっとムカついているからと言って、泣いている友人を見捨てる理由にはならない。
 決して、落ち込んでいる咲夜を間近で見て、『ざまあ』とか思っているわけではない。
 決して!

「えっとね、グス、今朝拓哉がラインで、グス」
「うんうん」
 咲夜は一通り泣き喚いた後、咲夜はポツリポツリとしゃべり始めた。
 泣きながらなので話すスピードは遅いが、急かすことなく相槌を打つ。
 ゆっくりと話す咲夜の言葉に、耳を傾ける。

「風邪ひいたって」
「そうなんだ」
 取り合わなければ良かった。
 本心からそう思った。
 そして先ほどまで静かだった教室が、いつもの喧騒を取り戻す。
 咲夜の言葉にみんなの興味は失せたようだ。

 彼氏と喧嘩して泣いているのなら、いくらか同情の余地もある。
 けれど、彼氏が風邪ひいただけで、泣くってどいういうこった?
 私にも風邪をひいたら泣いてくれる恋人が欲しい。

「拓哉が風邪ひいちゃって……」
「うん」
「今日は会えないの」
「そっか」

 『一日我慢すればいいじゃん』
 喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んだ自分を褒めてやりたい。
 だってさ、いくら離れたくないからって、普通泣くか……?
 子供じゃないんだぞ。

「拓哉と最後に会った日、あんなに元気そうだったのに、なんで……」
「うんうん……うん?」
 最後に会った日?
 しばらく会ってないのか……
 いや拓哉君は、昨日来てたはず。
 咲夜と拓哉君がいちゃつくのを見て、舌打ちしたのを覚えてる。
 なんでしばらく会ってないかのように言うんだ?

「拓哉君って昨日来てたよね?」
「うん、昨日の時は元気だった」
「じゃあ、なんでしばらく会ってないみたいな言い方を?」
「拓哉と私は、ずっと一緒じゃないといけないの!」

 ああ、駄目だ。
 恋は人を馬鹿にすると聞いたことあるが、これはとびっきりに馬鹿だ。
 一日千秋を体現する人間に会えるとは思いもしなかった

 もういい。
 もう終わりにしたい。
 私は頑張ったよ。
 これ以上咲夜に付き合っていると、なんか出てきちゃいけない感情が出てきそう。
 咲夜のために、私のために一刻も早く離れたい

 しかしどうやって離れるものか……
 さすがに泣いている人間を放って離れるというのは、いかにも外聞が悪い。
 私が悩んでいると、咲夜のスマホから着信音が鳴り響く。

「あ、モシモシ。
 拓哉どうしたの?
 うん、声が聞けてよかった」

 電話の相手は拓哉君らしい。
 拓哉君も、咲夜同様寂しくなって電話をかけてきたのだろうか……
 ……拓哉君は、咲夜に比べて比較的まともだと思っていたんだけどな。
 風邪で心が弱っているという事にしておこう。

「泣いてないよ。
 君と最後に会った日の思い出があるからね」
 さっきまで泣いてたんじゃん。
 号泣だったじゃん。
 というか思い出って大げさすぎる。
 ツッコミが追い付かない。
 そう思っていた時の事だ。

「エエッ」
 咲夜の声に、意識が戻される。
「うん、うん」
 咲夜の声が深刻さを増す。
 何かあったのだろうか?
「うん、分かった。
 お大事に」
「どうしたの?」
 最近はめっきり見なくなった真剣な顔の咲夜を見て、悪い予感を感じる。

「拓哉、風邪じゃなくてコロナだって」
 思ってたより深刻だった。
「えっ、大丈夫なの?」
「今のところ、ほとんど無症状だから大丈夫みたい」
「そっか」
 ほっと一安心する。
 話したことが無いのとはいえ、知っている人間が病気になるというのは心に来るものがある。

 だが、ホッとしたのも束の間、私はあることに気づいた。
 症状が無いとはいえ、コロナは数日自宅待機しないといけない。
 つまり、単純計算で拓哉君は一週間は来ないだろう。
 ということは……

「ウワーン」
 咲夜がさっき以上の声で泣き叫ぶ。
 騒がしかった教室も、突然の咲夜の鳴き声に騒然となる。
 楽しくお喋りしていたクラスメイトも、何が起こったのかとこちらを見る。

「拓哉と1週間会えないよ」
 咲夜の言葉を聞いたクラスメイト達は全てを察した。
 そしてみんなこう思っただろう。
 『こ、これが一週間続くのか』と……

 その後も咲夜は泣き続け、授業も咲夜がすすり泣くせいで集中できなかった。
 結局、先生の判断でドクターストップ。
 学校公認で早退することになった。

 だが私たちの心は重い……
 今日はどうにかなったが、明日からはどうなるのか……
 そんな私たちが抱く気持ちは一つだけ。

 拓哉君、私たちは君の事を何も知らないけれど、君と最後に会った日が、とても懐かしいです。
 (意訳:マジで早く帰ってきて)

6/27/2024, 1:23:00 PM