【やりたいこと】
施設の天井に投影された、紛い物の青空を見上げる。ぽっかりと浮かんだ雲もキラキラと輝く太陽も簡単に指先で掴めそうなのに、いくら腕を伸ばしても俺の指は空を切るばかりで。
「どうかしたの?」
涼やかな声が俺の鼓膜を揺らす。憧れに身を焦がす子供みたいな動作が恥ずかしくて、慌てて空へと伸ばしていた手を下ろした。
「何でもない」
ぶっきらぼうに返せば、ソイツは黙って俺の隣に並んだ。同じように空を見上げて、同じように手を伸ばす。
「ねえ、もし外の世界に出られたら。君は何をしてみたい?」
軽やかに問いかけたソイツの目線は、俺には一切向けられない。偽物の太陽へと伸ばされた白い手首で、俺たちを管理するブレスレットが冷たい金属音を鳴らした。
「出られねえよ、どこにも。俺たちは此処で生まれて、此処で死んでいく」
実験動物を逃がしてくれるほど、この施設の連中は無能じゃない。だけど同期の中でもとりわけ優秀で上からの評価もめでたいソイツは、何故か朗らかに微笑んでみせた。
「そうとは限らないよ。だからちゃんと考えておいて、外に出たらやりたいこと」
それだけ言い残して、ソイツは踵を返す。駆けていくその背が、俺が最後に見たソイツの姿だった。
青空を見上げる。俺の知るものよりもずっと淡く色彩の薄い、本物の青空。踏み締めた大地の色濃い土草の香り。アイツが自身の命と引き換えに俺を逃がしたから、俺はこうして外の世界で生きている。だけど。
(俺はおまえと、この空を見たかった)
じわりと滲んだ視界を、手の甲で強引にこする。俺の望みはもう二度と叶うことはないのだと、その事実が胸に痛かった。
6/11/2023, 12:15:20 AM