安達 リョウ

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君と最後に会った日(安らかに眠れ)


うちのお嬢様は大層気まぐれだ。
今日も朝早くから叩き起こされて、何事かと慌てると予定にはない墓参りに行くと言い出し脱力する。
―――当然の如くお嬢様付きの執事の俺は同行を命じられ、朝からどっと憂鬱になった。


「お、じょ、う、さ、ま!」

小高い丘の上にあるらしいその墓は、登っても登っても一向に見えてこない。
これ丘じゃねえ、寧ろ山だろ!
………心の中で何度突っ込んだかわからないくらいの急な道程を、さらに墓掃除道具一式背負わされて俺はブチギレ寸前で前を行くお嬢様に声を上げる。

「何よ、もうヘタったの? だらしのない」
「荷物が多すぎなんです! ていうかまだですかね!? かなり歩いてると思うんですが!」
ただでさえ苛々が募るのに息が切れて、口調の荒さが増すのはどうか咎めないでくれ。咎められたらまたいつかみたいに大喧嘩になる。
こんな場所でそんな失態犯したくねえ。

「あなたもう少し鍛えた方がいいわよ。この程度で音を上げるなんて」
いやあんた手ぶらだろうが!!
喉まで出かかったその言葉は、急に開けた目の前の景色に一瞬で掻き消えた。

平らに成らされた土地に建つ、白い英国式の墓。

………墓に対する感想として相応しくないかもしれないが、純粋に、綺麗だと思った。

「着いたわよ、ご苦労さま」
見惚れて呆ける俺を置いて、彼女が俺の荷物を手に取り墓に歩み寄る。
俺は我に返ると、彼女と共にその真白い墓標を掃除し始めた。


―――あらかた掃除を終わらせ、最後に彼女が花束を添える。
屈んで手を合わせるその姿に、自分も隣で目を瞑り同じく手を合わせた。
「何も聞かないのね」
「………。聞かれたくないのではと思って。普段よく喋るお嬢様が、今日は思いの外静かなので」
―――やはりこの人は、見込みがある。
あの時お父様を説得して、わたしの傍勤めにしておいて正解だった。

「………ここはね、以前勤めていた執事のお墓なの」
「―――お嬢様に仕えていた執事の?」
「そうよ。うちの邸宅に侵入した反組織に撃たれて命を落としたの。彼は執事とSPを兼任していてね」
ボディガード………。
「―――わたしを庇って一発で。致命傷だった」

あれが最後の日になるなんて、思いもしなくて。
最後あの人と何の会話を交わしたか、―――もう思い出せない。

「………お昼回っちゃった。そろそろ帰ろうか」
立ち上がり俺を促す彼女の横顔が、どうにも虚ろに見えた。
「―――大丈夫です」
「え?」
「俺は死んだりしないので。あの夜、俺も願掛けをしたから」
あの夜――― 月下美人の?
 
何を願ったの、と彼女が聞く前に彼は行き同様掃除道具一式を担ぐと、先に来た道を下り始めた。

「お嬢様、置いてきますよ」
「ま、待ちなさいよちょっと!」

慌てて後を追う彼女に、競争です!と声をかけて俺は一気に坂を駆け下りる。
ずるい、意地悪、卑怯者!と罵声が飛ぶのを背に受け、俺は笑った。

“この見かけによらず繊細なお嬢様を、強い意志で守り抜けますように”

―――俺はあの花と満月の荘厳さに誓って。
あんたを一人にはしないと心に決めている。


END.


※関連お題
6/26「繊細な花」

6/27/2024, 6:20:45 AM