お題「楽園」
ここには何もない。
何も見ず
何も聞かず
何も言わず
何も知らず
触れるものにも感触はなく、
ただ、トクントクンという、規則的な音だけが、聞こえている。
暑くもない
寒くもない
痛みも、痒みもない
刺激はない
もぞもぞと動いても、何もおきない。
悲しみもない
怖さもない
怒る事も迷う事もない
まだ何も知らない
広くも狭くもないぬるさの中で、ただ穏やかに、漂っている。
飾る事もなく、繕う事もなく、何者でもない僕は、僕でしかない。
僕はどこにもいない。
ただ一人、ここにいるだけ。
違う
今、気づいた。
もう1人いる。
問いかける。
あなたは誰?
あなたは誰?
僕は僕
私は私
君はなんでここにいるの?
それはあなたと同じじゃないかしら?
痛…
何、この感覚…
ごめんね。私の足がぶつかっちゃったみたい
もう…
僕にはないんだから、気をつけてよ
ごめんってば…
…ねぇ、あなたはこの先、どうしたい?
この先…?
わからない
何ができて、何ができないのかも…
君は?
私は誰かを愛したい
愛?
愛って何?
愛っていうのは、たぶん、いてほしいって事だと思うわ
じゃあ、僕たちも愛されてるかな?
たぶんね
愛…
僕にできるかな…?
むしろ、誰も愛さないなんて、そっちの方が無理だと思う
あなたの事も愛してあげるわ
本当?
約束だよ
うん
約束
…なんか、ゆらゆらしない?
そうね、そろそろ時間みたい
時間?
そう
もうここにはいられないのよ
…やだ
僕、ずっとこのままでいたい…
そういう訳にはいかないわ
物事にはみんな、終わりがあるのよ
なにそれ?
終わりがあるなら、なんで僕達はいるの?
それは誰にもわからないわよ
あなた自身で見つけてみればいいんじゃない?
…じゃあ、さっきした、愛してくれるって約束、ちゃんと守ってくれる?
もちろんよ
いっぱい愛して、いっぱい可愛がってあげるわ
嬉しい
ありがとう
ふふ…
どういたしまして
…じゃあ、私の方が早いみたいだから、一足お先にね
うん
じゃあ、また後で
また後で
私は今日も、夜空を見上げながら、家路につく。
こんな時間まで居残りなんて、いっそ勉強なんかなければ、苦しむ事もなかったんじゃないだろうか。
雲が半分にかかった様な空は、星明かりもまばらだ。
本来なら二つ一組で見える星座も、今宵はどこか寂しげに思えた。
それでも、私は温かな明かりが灯る、自宅の前まで辿りつく。
沈んだ気分を切り替えて、私は朗らかな声で家のドアを開けた。
お母さん、お父さん、ただいま
私は、私を愛してくれる家族の元にかえった。
5/1/2026, 9:32:28 AM