薄墨

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黄金に輝く海を背に、子どもが波を跳ね上げて遊んでいる。
浜からそれを眺める二親の、黒い影がくっきりと伸びている。
黄身のように真ん丸の太陽が、煌めきながら地平線へ傾いていく。

影の先で語らいながら歩く二親の、パリッと清潔な服が夕景の赤い光に眩しく照らされている。
無邪気にはしゃぐ子と、穏やかで品さえ感じさせる豊かな笑みをたたえて二歩後に続く親。
黄金の黄昏の浜辺に相応しい、精巧な油絵と見紛うほどの見事な幸いの画がそこにはあった。

よく見れば、子は決して美人ではなく、どこにでもいるような洟を垂らした疎んな子で、その子を追う親の顔にも、油染みた肌のところどころに皺が刻まれている。

それでも、たそがれの夕日を受けた波の煌めきが、このどこにでもいるような親子の戯れを、美術館の額縁の中であるような美しい画に仕立て上げていた。

あの二親は、自分と同じくらいの歳だ。
元より画の外に弾き出されて、堤防のアスファルトを踏む私は、ふとそんな確信を覚える。
あの二親は、私と同じ歳だ。人生のたそがれがもうすぐそこに見えた、皺の間に含蓄を編み込んだ、面白くつまらぬ大人の一人なのだ。
私と同じ時間を生きてきた人間なのだ。
途端に、惨めな気分になった。

生来の怠け癖と高飛車さで身を滅ぼし、薬と酒と不摂生な生活を続け、ここまでひたすらに、誰にも頼ることなく徒に歳を浪費していた自分は、今もこうしてくたびれた身体を引きずって、日を避けるように影の奥をコソコソと歩くしかないというのに。

あの燦々たる、手を伸ばせばすぐそこに触れそうな幸いの只中にいる主役の二人は、私と同じ時を、私とは比べ物にならないほどの満ち満ちた密度で生きてきたに違いない。

黄金の中のあの、幸せと不幸せを噛み締め受け入れたような微笑みが、その証拠だ。

散歩に出たのはこんなつもりではなかったのに。
久々に存外スッキリとした頭に、鈍い痛みとぐちゃぐちゃな気持ちが湧き上がる。

惨めさ、寂しさ、悔しさ、恨み。ちくしょう、こんな筈ではなかった、誰かもわからない同世代に完璧な敗北を突きつけられに外に出たわけではない、ああ、なんで奴らだ、そんな人生順調なんだったら、こんな田舎の浜辺なんかに遊びにくるものじゃないよ、ああ、ちくしょう

あの光景が心底、悪いのに、あの二親が誰か、その面を正面から睨め付けるくらいやりたいのに、あの画をすぐに破り捨ててしまいたいのに、私の足は依然と重たく、影を踏み続けている。

理由は明確だ。
あの黄金の日に当たるのは、薬と酒でボロボロに痛めつけられた私の痩身には、強すぎる。
踏み出すたびに軋み、鈍い痛みを発する四肢の節々も、砂浜と日差しの黄金の中へ入るのを拒否していた。

だから私は黙って踵を重たく擦り、痩身を引きずって、家へ家へ歩かねばならなかった。
あの黄金のたそがれの浜辺を横に。

黄昏の浜は、美しかった。
明るい夕日を浴びて歩く親子も。半熟の目玉焼きの黄身のように真ん丸く完璧な太陽も。その陽を受けて、黄金にその身を輝かせる、広大な海も。

何もかもが自分には眩しすぎ、悪くて、美しすぎた。

たそがれに、黄金に輝く海がそこにはあった。

10/1/2024, 2:20:55 PM