300字小説
ある家族の歴史
懐かしく思うこと。
玄関を開けて、初めて人が私の中に入って歓声をあげたこと。庭に植えられた木蓮が初めて咲いた日。その下での家族の記念撮影。
懐かしく思うこと。
私の柱についた背比べの傷。「こんな家、出て行ってやる!」叩きつけられるように閉められたドアの痛み。その彼が「大切な人を紹介したいんだ」と帰ってきた照れた笑顔と可憐な女性。
懐かしく思うこと。
空を見上げながら、縁側で茶を飲んでいた老いた夫婦の姿。やがて、玄関に鯨幕が下がり、次に縁側に出てきたのは妻一人ぼっちで。そして……また鯨幕が下がり……。
空き家の解体。重機で柱を引き倒す。
『……ああ……良い家生だった……』
懐かしむような声が耳に届いた気がした。
お題「懐かしく思うこと」
10/30/2023, 11:18:46 AM