遠くへ行きたい
遠くへ行きたいと願った経験はある。でもあれは、正確に言うならば遠くに行きたかったのではなく"ここ"に居たくなかった。
実際宛もなく電車に揺られて2つ隣の県に行ったこともある。計画を立てずに家を出てしまって、真夜中にトボトボと歩いて帰ってきたこともある。
それらで満足したかと言えば必ずしもそうではない。時間を浪費したという自己嫌悪と、知らない土地に立つ不安と、ほんの少しの解放感で、私はうまく笑えなかった。けれども他にこの欲求を満たす方法が分からなくて、私は何度かこの無味な日帰り旅行を繰り返していた。
思うに、この衝動を落ち着かせるのに本当に有用なのは外出そのものではなく非日常だった。私はこの結論に辿り着くまでに少し時間が掛かった。
家で何の刺激もなく同じ日々を繰り返している、そのルーティンからほんの少しはみ出れば充分だった。家の中で足踏みをするとか、手近な店に行って買い物をするとか、多分そんなことでよかった。そんなお手軽な行動はできないくせに、無計画に遠くまで行くことはできてしまっていた。
「遠くへ行きたい」、その欲求の裏には、自暴自棄も多かれ少なかれ混じっている。きっと私を遠くまで連れて行ったのは自分を蔑ろにするこの感情だった。
今は当時ほど遠くへ行きたいと思わない。同時に、自暴自棄な感情も薄れている。
それらは嬉しいことなのだけれど、たまにはまた遠くまで連れて行ってくれてもいいのにな、と少し思う。可能ならちゃんと計画を立てて、無理のない範囲の遠方へ。"ここ"での生活に満足してたって、たまには遠くに憧れる。
7/3/2025, 3:06:55 PM