くまちゃん

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鳥だ。鳥が空に浮かんでいる。

こう言うと普通のことと思われるかもしれないが、浮かんでいるのは普通の鳥ではない。
ガラス製の鳥だった。
鳩くらいの大きさで、白い羽根に翼のところだけ黒い羽根が混じっている。
そいつは嘴を私に向けて、羽ばたきもせず、まるで水に浮かんでいるような体勢で、無表情に空に浮かんでいた。
なんだコイツは。そして、なぜ。
周囲にはそれなりの人通りがあるにも関わらず誰も鳥の方を見ていない。
私にしか見えていないのか、あるいは見えていても誰も気に留めないのか。
木曜日の午後七時三十分、残業を切り上げ会社を出てきたところだが、あまりの仕事の辛さにとうとう私の頭がいかれてしまったのだろうか。
私が歩くと鳥も後をついて来る。なんだか、居心地が悪い。
少し、早足になる。それでも鳥はついて来る。
私が途中コンビニに入ると鳥もそのままコンビニへ、晩ごはんを選ぶ間もじっと私の後ろに浮かんでいた。
電車に乗ってもそれは同じで私が車内で揺られる間、鳥も一緒に空中で揺られている。
電車を降りて路地を歩いて、そしてとうとう私の部屋の前だ。
扉の前まで来て私は部屋に入るのを躊躇った。
この鳥はおそらく私の部屋にも入ってくるだろう。
さすがにそれは嫌だと思った。鳥を睨みつけ素早く扉を開け、また素早く締める。
扉の外に鳥は残された、はずだった。
そんな気はしていたがとりは鳥は室内に入り込み、私のうしろ頭を見つめていた。
怖い。
一瞬だけ、喉を思い切り締め上げられたような気になる。あるいは心臓が止まりそうな、とでも表現すべきか。
だけどその恐怖はすぐに薄まって、代りに「分かり切ってた事だろう何を今更」という諦観が心を占める。
はあ、と息を吐いてコンビニの袋から生姜焼き弁当を取り出す。レンジに突っ込んでつまみを回す。その間に着替えて化粧を落とす。
スマホを眺めながら生姜焼き弁当を食べて流しで濯いで、それからシャワーを浴びる。
やっぱり後ろには鳥が嘴を向けてこちらを見ていたが、こうして諦めてしまえばさほど気にはならなかった。

******

ガシャン。

ある日突然、ガラスの割れるような音がした。
通勤途中の道端で何の脈絡もなく、その音は響いた。
振り返ると、いつからか当たり前に私の後ろに浮かんでいたガラスの鳥が地面に落ち、粉々に砕け散っていた。
こいつが割れたのか。でも、なぜ。
何も分からないままに現れ、私に気まずさと恐怖と、それから諦めを植え付けた鳥は、何もわからないまま勝手に割れて粉々になってしまった。
「これって、割れるんだ……。」
なんだか可笑しくなって、その場でクスクスと笑い出してしまう。
ずっと喉につっかえていたいたものがとれたような、晴れやかな気持ちだった。
「割れるか。そりゃあ、割れるよね。ガラスだもん」
粉々になった鳥をおいて、私はまた歩き出す。もう鳥は付いてこない。これから仕事だというのに足取りは軽かった。
駅までの道すがら、何人もの呆然と地面を見つめる人や私と同じように何やら機嫌の良さそうな人とすれ違う。

そうか、みんなあの鳥が後ろにいたのか。

お題:空を見上げて心に浮かんだこと

7/17/2023, 2:00:04 PM