『遠くの雲』
赤らんだ太陽が、遠くにそびえるビルとビルとの間に沈んでいく。今日ももう終わり。
いつも通りの帰り道から少しそれて、周りよりもずっと高くにある階段から帰ることにする。特に理由はない、ただの気まぐれだ。
段を一段ずつ踏みしめると、街がすこしずつ遠のいていく気がした。騒がしかったわけでもないのに、静かになっていく。風が耳のそばを通り過ぎて、髪をほんの少しだけ乱した。
踊り場で足を止める。見上げると、空の端に雲がいくつか浮かんでいた。遠くの、ほんとうに遠くの雲。夕陽に染まるでもなく、かといって白いままでもなく、どこか曖昧な色をしている。行き場を決めかねているみたいに、ゆっくりと、でも確かに流れていた。
べつに、どこかへ急ぐ雲なんてないのかもしれない。ただそこにあって、風に任せて、いつの間にか見えなくなる。それでいい、とでも思っているのだろうか。
そんなことを考えながら、また歩き出す。階段を降りきると、いつもの道に戻っていた。遠回りをしたはずなのに、そんな気がしない。何かが変わったわけでも、何かに気づいたわけでもない。ただ、雲を見た。それだけのことが、今日の帰り道にはあった。
4/12/2026, 3:57:25 PM