お題 : 未来の記憶
「私さ、未来が見えるんだよね」
「……は?」
昔、俺がまだ学生で青年だった頃。
突然隣の女の子が、独り言のようにそう言ったのを凄く覚えている。
そう、それはまさに独り言。本当に独り言。それでも俺は鮮明に聞こえた。
「あ、聞こえたの?つまり、私には未来の記憶があるの」
「……み、未来の記憶?」
「そう。未来の記憶」
そんな笑顔でピースされても困る。
酷くそう思った。元々心霊とかそういうことを信じない身体な人間の俺。そんな人間が言葉だけで「未来が見える」なんて信じることはなく。
「じゃあ、証明してよ」
ふとそう言葉が出ていたのは、無意識だった。
「うん、いいよ」
そんな言葉に軽く返されたのは、もっと驚いた。
「たとえば………今から数秒後にチャイムが鳴って、先生が忘れ物を取りに帰る」
キーンコーンカーンコーン。
そう言った途端、すぐにチャイムが鳴った。
それと同じぐらいのタイミングで、先生が扉を開けて入ってくる。
「よし、それじゃあ日直号令……あ、ごめんみんな。ちょっと忘れ物しちゃったから、ちょっと待っててくれ」
そうすると先生が頭を掻いて、また物音を立てて教室を去っていく。
その先生はいつも忘れ物などすることはなく、まさに「完璧人間」という言葉がお似合いな人間だ。
「………マジじゃん」
「ね?言ったでしょ?はい、証明完了」
澄まし顔でそう言ってみせたアイツに、何故か悔しくなった。まぁ、その頃は思春期だったのもあるが。
それからソイツに俺は付き纏うことになった。
「今日はどんなことがあるの?」
「ね、これからどんなこと起こるの?」
「なにそれ。もっと教えて」
幽霊は信じない専門だった俺が、こんなに信憑性がないことに信じるのは初めてだった。
でも、コイツの話は惹き込まれるほどに面白くて。
徐々に未来の出来事を毎日聞くのが、俺の日課になっていた。
そんな毎日が続いた日、ある時の出来事。
「おはよ!ね、今日はどんな未来が見えるの?」
いつも通り、隣の席に座るあの子に話しかけた。
だがその日だけは、いつもの余裕な表情はなく。
「…………見えない」
「え?」
「…………未来が……見えない」
「……は?」
目を大きく見開いて、秋で寒くなってきたというのに汗が止まることなく流れていた。
ソイツにとって、「未来が見えなくなる」ことは、毎日の崩壊と変わらないのだろう。
それぐらい、ソイツは本気で焦っていたのだ。
「でも、ひとつだけ……見えるの」
「ひとつだけ……?」
「大人になった男の人と私が……何処かで合ってるの」
「………?」
「ご、ごめん…今日、体調悪い………先生に言って、早退することにする」
「わ、分かった…お大事に」
その日から、ソイツは消えた。
次の日も、その次の日も。1週間たっても、1ヶ月たってもこなかった。
1年たっても、卒業しても、大学生になっても、大人になっても。
連絡は来ない。そもそも、来るはずがなかった。
まだあの謎の出来事を忘れられずに大人になり、平凡な毎日を送っている。
成功も、失敗も、大きな過ちだって犯した。それでも、人間らしく生きてきた。
もちろん今日も仕事を終え、毎日通る道を引き返していた。
「……あ!あの、すいません!」
突然、声を掛けられた。
後ろの方から聞こえたため、振り返る。
そこには、黒髪ロングの可愛らしい女の子。
「はい、どうしましたか?」
落し物でもしたか?と考えながら、とりあえずの返事。
「私、過去の記憶があるんです」
「…え?」
「貴方と、何処かで会ったことがある気がして…」
「…………あ」
ふと頭に浮かんだのは、あの青年だった頃のアイツ。
「未来の記憶がある」と抜かして、毎日話を聞いてた思い出。あぁ、あの頃に戻りたい。
「もしかして、あの中学の頃の…」
「そう!多分それです…!あともうひとつ……」
「はい?」
「私、あの時の帰り道で貴方に殺された記憶があるんです。一体、どういうお気持ちで?」
2/12/2025, 12:07:14 PM