未完成タイムラバーズ

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マッチングアプリの成就者情報。画面の中のクソ野郎が嘲笑するように俺を見る。



まだ奥さんいないんか?やばいぞ?
お前くらいの歳の人は、もうみんな結婚してるぞ。



何もわかっていない。そんな同調圧力をかけてくる方がダサいんだ。そんなの、人それぞれじゃないか。同性婚も認められつつあるこのご時世に、結婚しないことを認めないなんて、おかしい。



歳とって、焦って、相手を探して結婚する。これがみんなの普通らしい。少なくとも、親が言う普通らしい。でも、それは違う。あえて俺は断言してやる。



俺は人を好きになったことはある。
だけど、人を愛したことはない。
かわいいな。好き。優しいな。好き。
そんな、陳腐でありふれた恋。それしか俺は知らない。
でも、恋なんてもので、たったそれだけのもので、
結婚を決めるわけにはいかない。
結婚は、人生を縛り付ける足枷だから。



捻くれ者。僻んでいるだけだ。
音が、並ぶ。並ぶ。並ぶ。



画面の中のサイトの男性をタップする。
26歳と書かれてある。
画面の中の顔は輝いている。
作られた笑顔で。
思わずスマホを投げた。



俺は、すこしおかしいのかもしれない。
本能的な意味でみるならば。
でも、俺はそういう風に生きている。
他の野郎どもとは違って、理性に従って生きている。
俺は結婚によって失うものを知っている。
失わないために生きているだけだ。



失うものなんてないだろ。
壊れたテレビの砂嵐が言う。ザーザーザー。



うるさい。
俺は自由を失いたくないんだ。ただ、それだけ。



赤が床に広がっている。
フランスを自由にしたのは、この赤だった。



俺は自由だ。誰がなんと言おうと。
束縛から逃れ、大空へ飛び立つんだ。



部屋はこんなに締め切っていて狭いんだぜ?
いったいどこに飛び立つって言うんだ?
割れた電球が大空を揺れながら騙る。



楽しそうに揺れてるぞ。
窓を開ければ、すぐにでも飛び立てるはずさ。
ヒタ、ヒタと歩き、カーテンを開け、窓を開ける。
夜風が部屋を吹き抜けようとする。
そこを玄関が立ち塞がりとおせんぼする。



通さない。通せない。玄関は頑固だ。
けちんぼ、と風が言い、生暖かいニオイを運ぶ。



んーーと、背伸びをして定位置へと歩き出す。
何かが足に触れる。



「クソ・・・やろ・・・う」



ゴミがガサガサと喋っている。
少し蹴ってやる。ゴミは押し黙る。



「恋人が欲しい」



口ずさんでみた。



でも、それはうわべだけでしょ。
キッチンに置かれた包丁がテラテラと語る。
さすが包丁。奴は俺の代弁者だ。



普通の人には恋人がいる。または、いた。
だから、「恋人が欲しい」って言うんだ。
他の人の前では。
でも、それは愛情を求めているからではない。
それはただの、防衛本能。
人とはぐれないための。そんなこと、わかってる。



なら、逃してあげればよかったじゃん。
束になった新聞紙が口々に言う。



だって、俺を傷つけるんだぜ?
俺は何もしてなかったのに。



あんた、おかしいよ。異常者だ。
自分のことを棚に上げた、幾人かの男が言う。



異常者はあんたらだ。
あんたらがいなければ、アイツは逃げなかった。
あんたらが嫌いだから、あいつは逃げ出したんだ。
あんたらが嫌いだから、俺の、恋人は、逃げ出したんだ。



逃げ出したんだ。にげだしたんだ。逃げ出したんだ。ニゲダシタンダ。逃げ出したんだ。ニゲダシタンダ。にげだしたんだ。NIGEDASITANDA。逃げ出したんだ。



ボソリと俺は言った。



「恋人が欲しい」

7/21/2024, 11:54:36 AM