「手、すごい荒れてんね。痛くない?」
「あー冬はいつもこう。かーさんがハンドクリーム?塗れって言うけど、面倒で」
「ダメじゃん」
俺の手の甲は、冬はいつもこう。
乾燥してガサガサして、一部は赤ぎれになってて血が滲む。
「早めに塗り始めな」
かーさんは冬が始まる前にハンドクリームを用意してくれる。
だけどなんか忘れて、まぁ良いやと完全に諦める流れがここ数年できている。
「あたしの使ってるやつだけど。手、出して」
隣の席の賑やかな部類の女子が話しかけてきた。言われている意味が今ひとつよくわからない。
手のひらを向けると、チューブタイプのクリームが2センチ降ってきた。
「これ、ハンドクリーム?柚子の香りがする」
「塗り広げると、もっと香るよ」
「へぇ」
ちょうど良い量だったのか、ベタつきもなくサラッと両手に塗れた。
そして柚子の香り。爽やかな柑橘系の香りは嫌いじゃない。寧ろ良い匂いだと思う。
手の甲を鼻にくっつけてクンクン匂っていると、ぷ、と吹き出された。恥ずかしくなって指を伸ばして目元を覆う。
目の前の彼女は耐えきれなくなったのか、可笑しい、と笑い出した。
「良い匂いだと思ったんだよ!」
ああ、逆ギレ。情けない。
「気に入ったならあげるよ」
今ひとつ笑いを納めきれていないまま、明らかにチューブの中身が残り少ないハンドクリームを渡してくれた。
「その手、痛々しくて見てられない。新しいのはあげないけど」
そう言いながらカバンから取り出した真新しいハンドクリームのビニールを破って、彼女は手に塗り広げた。
柚子が香る。俺の手と同じ匂いの、柚子が。
「これ、どこで買ったの?」
「ん?プラザ。イオンモールの」
「プラザかぁ」
明るい店内はいつも混んでいる。中学生くらいの女子から年上の女性でごった返してるイメージだ。
「買ってきてあげようか?今日、行こうかなって思ってたし」
一緒に着いてきて、は流石に言えなかった。流石に。非モテ、インキャの俺にはハードルが高すぎる。
「2本、頼んでも良い?」
「良いけど、めっちゃちゃんと塗ろうと思ってるじゃん」
えらいえらい、と笑ってくれたけど、実は。
「いや、ちゃんと塗ろうとは思ってるけど、かーさんにもあげようかなって。かーさん、柚子好きだし」
「へええー、めっちゃ良いじゃん。あたしもそうしよー」
じゃあまた明日お金ちょうだいねー、と彼女は去って行った。
なんとも思ってない子だったけど、好感度が上がった気がするのはちょっと嬉しい。
手の甲を鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。爽やかな柑橘系の良い香り。
あの子と同じ匂い。
「マジで今年こそはちゃんと塗ろうかな」
手荒れ治ったね、と柚子の香りを持つあの子に褒めてもらえるように。
ゆずの香り
12/23/2024, 2:48:02 AM