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『今日にさよなら』

ベンチに座り、膝の上にノートを広げたときだった。
​「残り10分です」街中に放送が響き渡る。
時刻は午後11時50分。
「本日も記憶管理法へのご協力ありがとうございます」いつもの音声が空から降ってきた。

24時間ごとに記憶がリセットされるこの国では、毎日0時になると今日を消去し、翌朝、まっさらな状態でベットで目を覚ます。それが、終わりのない争いを止めるために国民が選んだ、唯一の平和維持システムだった。

この国では記録の保持はシステムへの反逆とみなされる、それでも、消えゆく自分を繋ぎ止めようと必死にペンを走らせた。
​「上着の内側に隠しポケットがある、その中にある銀色の鍵を捨てるな。それは、あの人に会うための唯一の希望だ」

決死の覚悟で「明日へのメッセージ」をノートから破り、ズボンのポケットの奥へと突っ込んだ。
​「この想いだけは……消させない……ッ!」
​そして午前0時。閃光。暗転。

​午前6時00分
柔らかい光の中​で、男は目を覚ました。
記憶は完璧にリセットされ、心は雲ひとつない青空のようにスッキリしていた。

​起き上がると違和感を感じ、ズボンのポケットに手を入れる。そこには、なぐり書きされた文字が並んでいた。
「上着の内側に隠しポケットがある、その中にある銀色の鍵を捨てるな。それは、あの人に会うための唯一の希望だ」

​男は、そのメモをじっと見つめた。
そして、3秒後。
​「……え、怖。何これ? 何の鍵? 誰だよこんなイタズラしたの」
​男はドン引きしながら、唯一の希望であったはずの鍵とメモを、ゴミ箱へ投げ入れた。



2/19/2026, 4:07:45 AM