「じゃあ最後に、ココロの音を聞かせてちょうだい。」
そう言いながら、医者はよくわからない器具で僕の胸の辺りを軽く叩いた。しかし、何の音もしない。
「うーん、やっぱり先月から変わっていないねぇ。」
「そうですね。」
人によって、ココロの音は違う。人は先天的に、唯一のココロの音を持ってして生まれる。僕には生まれつきそれがなかった。
「もう君を見て6年ほどになるけど、本当にこんな人は初めてだよ。」
「まぁ、そうですよね。」
医者はいつも通り、カルテに先月と変わらない文言を書いて診察を終えようとする。このやりとりも先月したばかりだ。
「ココロの音がなくて、困ってない?」
「まぁ、困ると言うか、ココロ占いの話題に入れないことがしばしばあるくらいです。」
「それ地味に嫌だねぇ。」
人ごとのようにクスリと笑った医者を見て、心底気分が悪くなる。とはいえ、今日で病院に通うのは終わりにするつもりなので、もうどうでもいいのだ。
「君のココロの音、聞いてみたかったねぇ。」
上着を着つつ帰る準備をしていると、医者はぼやいた。思わず手が止まる。それでも僕の手は、それを遮るようにしてまた動いた。
「今日で定期的な診察は終わりになるけど、また困ったらくるんだよ。」
「はい。」
病院を出た。
右の拳でココロを叩いてみても、何も鳴らなかった。
2/11/2025, 1:45:49 PM