猫宮さと

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《海へ》

太陽が眠りに就き、空には夜の帳が降りる。
帳の色を映し取った海は、優しく揺れる波間に青白く輝く月の光を受けて煌めいている。
それは、黒い海に注がれる月の光が溶けていくかのようだ。

僕は、波打ち際でそんな夜の海を眺め佇む彼女の背を見つめていた。

沖からの潮を含んだ風が、彼女の柔らかな髪をふわりと靡かせる。
その白銀は、月の光に透けて仄かに青や緑に輝きながら揺らめく。
美しく、不思議な髪の色だ。

彼女は、海へ引き寄せられるように二歩、三歩と足を進める。
そして小さな足から靴を脱ぎ外すと、それを手に取り足を波に浸す。

まるで、波に声無き言葉を乗せて海に語りかけているかのようだ。
そんな幻想的な光景を目の当たりにした僕は、胸が押し潰されそうになった。

彼女が、海へ溶けてしまうのではないか、と。
あの、波間に溶ける月の光のように。

恐れに囚われた僕は、気が付けば彼女の元へ足を進めていた。

「…帰りましょう。」

声を絞り出すように伝え、彼女の存在を確かめるように髪を一房手に取る。
その指通りの良さと輝きに、確かに彼女はここにいると安堵する。

彼女はそっと振り向き、そんな僕の手を慈しむように見つめる。
そして僕の目へその瞳を合わせ、今にも泣き出しそうな、それでも嬉しそうな微笑みで頷いてくれた。

8/24/2024, 12:27:00 AM