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あなたに届けたい

君の心臓〈こころ〉に届く最高傑作。
そうでなくともきっと──。



【1】

─先生、これでいいんでしょうか。

「ん、ああ…。大丈夫だよ。ところでどうだい?」
この状態。と言われて周りを見渡す。いま、大層な機械の中に裸で入れられている。
前面はガラス張りなので、自分がショーケースの中に入っているような不思議な感覚だ。その外に男が手を振っているので、振り返す。

─私ではだめだったのでしょうか。

「アレを幻滅させるわけにはいけないからね。残念だけど君には倒せない。さて、準備をしよう」
口元は笑っている。
が、目では真剣にこちらを捉えている。少し悲しくなって逸らすと、ふふ、と笑われてしまった。
アレ──を見た瞬間全身が震え上がった。人ではないことは確かだった。異次元の存在。思い出すたびにまた恐怖が湧き立つ。だが、この方法なら先生はもう戦わなくていいと言ってくれたが…。
「安心してくれ、絶対に成功するから。最初は苦しいだろうが死ぬことはない。肺の中に液が満たされてから息は出来るから安心してくれ」
と、言って直ぐに上部の大きな管から大量の翡翠色の水がなだれ込んでくる。
あ、と言う間に全て満たされてしまった。

─…!…ー…

「ああ、頑張ってくれ」
窓を叩くと君の力だと壊れるかもしれないからやめてくれと言われた。肺の中に水が入り込んで意識が薄れる中、この研究所へ一緒に来た「あの子」が脳裏に浮かぶ。 と、同時に苦しさが嘘のように引いていく。成功したのだろうか。両手をガラスについて先生を満たされた培養液の中から見下ろす

─…!!…。

「うーん?まだぐっすりと寝てるから安心してくれ。…、よし、バイタル、信号、全て正常。これより第二段階へ移行する」
ここからは意識がない。先生が言うには神にも等しい行為だと言っていた。なんでも一度"溶かして遺伝子を書き換えて再構築"するのだと。
溶かすという言葉に身の毛がよだったが、今私はラボのベッドの上で天井を見つめているから成功したのだろう。それよりも─

ドアにノックがかかる。どうぞ、と促すと先生だった。我が子も抱いている。
「いいかな?」
頷くと先生はベッドの横の椅子へ腰をかける。
「いや、全く生命の神秘だね。君が寝てる間僕にそっぽを向いてずーっと泣いていたよ」
先生が残念そうな顔をして赤子を見つめ、それから赤子を渡された。この重みが懐かしくなり涙を落とす。
「もう、安心して暮らせるんですね」
「そうだね」
どこか他人事──もう私達には興味がないような反応だ。
会話もすることもなく、先生はやることがあると言って直ぐに病室から出ていってしまった。
完全に扉が閉まるのを見届けてから、静かに涙を落とす。
「ごめんなさい…赤ちゃん。私の赤ちゃん」
売ってしまった。"将来"の私の子。

研究所に来る前に二つの事を提示された。
アレを殺すか、将来に託して赤子と静かに暮らすか。
前者の成功率は限りなく低いが、暫くは生きれるだろうと。
後者は身体を提供する代わりに死ぬまでこの子と共にいられる。
一人だったら迷わず前者を選んでいたであろう。腕の中で笑顔を見せる赤子を見てしまったら、急に死が怖くなってしまった。

「決心は決まったかい?」
「はい」
「私の子はあのバケモノを確実に殺しうる存在になります」
握った拳を震えるくらい強く握る。手のひらから血が伝うと、先生はハンカチを出してそれを拭い、優しく両手で私の手を包む。
「物事は単純だよ。もっと皆ハッピーになろうじゃないか」

再び病室からノックされる。きっと成功した知らせだろう。扉がゆっくりと開くと全身から鳥肌が立った。

「こんにちは」

1/30/2024, 11:43:23 AM