sleeping_min

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【朝日の温もり】

 その大地は、地平線の彼方まで岩と砂に覆われていた。植物が生えている様子はない。建物もなければ、人影もない。虫すら見あたらない。およそ生命というものが欠落した光景だった。しかも天の星のほかに光はなく、夜の底にしんと沈みきったままだった。
 そんな寂寞とした闇の荒野に、ぽつんとひとつだけ、異質なものがあった。金属の――いや、機械の塊だ。大きさは、軽自動車ほど。ただし、人が乗るための空洞はない。全体が金色の膜で覆われている。背中とおぼしき部分には、黒いパネルが貼られている。
 あきらかに、人間の手が入った機械だ。いわゆる、人造物。しかし、その機械をそこに置いたであろう人々の痕跡は、どこにもなかった。機械だけがただ黙して、夜の大地に座している。このとき、地表の温度はマイナス百七十度。長い夜の果ての、生命を拒む極寒の世界だった。


 東の丸い地平線が、うっすらと白を帯びはじめた。地球換算にして十五日後、この星にも、ついに夜明けが訪れようとしていた。長い夜で冷えきった地表を舐めるように、光が射しこむ。やがてその光は、機械が背負った黒い太陽光パネルをも照らした。
 発電がはじまり、機体が温められていく。地球から月へと送られた探査機は、朝の光を得て、再び活動を開始した。



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月の昼の地表の温度は110度らしいので、この後は温もりってレベルじゃないほどの灼熱にさらされるわけですが、それはまたべつのお話……。
小型月着陸実証機 SLIM(厳密に言えば探査機ではないやつ)のハラハラの着地とその後の活躍は記憶に新しいです。昼夜の寒暖差が280度という、機械にも過酷な環境の中で、想定以上の成果をもたらしてくれたそうです。
今の人類にとっては、月すらもはるかに遠い星ですが、いつかまた月に行けるようになるといいですね。

6/10/2024, 12:06:14 AM