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 卒業後、私は結婚する。
 初恋の、いずれ帝国を統べるお方の元に嫁ぐ。

 上流階級の結婚に「恋愛」の概念はない。
 幼学舎生の時に読んだ「王女たちの恋愛結婚」は一応実話を基にしているが、その恋愛相手ですら同等の家柄か大貴族のご子息ばかりだ。中級貴族もいることにはいるが、あくまで将来を嘱望されている優秀な婿、明らかに権力者の後ろ盾を匂わせるような相手だった。
 小説の題材になる大恋愛の貴賤結婚なんて、本物の世界ではあり得ない。幼学舎はおろか学舎に貴族階級以下は殆どいないし、王侯貴族が一同に集まる社交界でも関わる相手は自然と選別される。恋愛なんていったって、限定された狭い世界の中でしか選ぶことができない。

 あなたは幸せよ、だって相手があの太子殿下じゃない。
 幾度となく聞いたその言葉は、羨望かやっかみか、それとも本心から幸運な結婚だと思ってのものなのか。
 そりゃあ幸せだろう。いずれ帝に即位する権力者で、その為人は人格者と名高く、しかも私の場合は家族ぐるみで仲が良い。
 太子殿下ーー当時はまだ太子ではなかったがーーとの婚約が決まったのは、まだ幼学舎に通うか通わないかぐらいの年齢だった。時々屋敷にやって来る優しいお兄さん、一緒に遊んだり勉強を教えてくれたりする大好きなお兄さんと慕っていた。
 かつては私も自分を「世界で一番幸せな女の子」だと信じてやまなかった。昔の私を知っている古い知り合いは、未だにそう思っているだろう。
 だけど、気づいてしまった。私の気持ちと、太子殿下の気持ちにズレがあることを。
 太子殿下は、誰にでも優しい。その優しさは嘘ではない。きっと結婚した後も同じ気持ちで接してくれる。ただ、私が欲しかったものと違うだけだ。
 幼馴染として、気心がそれなりに知れている相手として、失ってはならない支持基盤の大事なお姫様として、これからも丁重に接する。その距離が縮まることは一生ない。
 これを失恋なんて言ったら、皆笑うだろう。端から見れば「初恋のお兄さんと結婚した」ことに変わりはない。失恋……以降も太子殿下との関係は変わりなく続いていったが、私の心持ちは変化した。
 誰よりも付き合いの長い私が、盤石な統治体制を作ろうとしている太子殿下の右腕になる。
 太子殿下の妃になるのは、私だけではない。私を含めて6人いる。この妃選びには、太子殿下も積極的に関わったと伺った。
 支持基盤を持つ私。
 天才的な頭脳を持つ千華王女。
 圧倒的な軍事力を持つ朝霞王女。
 桁外れの財力を持つ小雪公女。
 秀でた神力を持つ澪子公女
 ……学舎の同級生として信頼を置いている真穂王女。
 まとめたらこんな感じだろう。
 妃として問題になるのは、今後学舎に編入する千華王女と澪子公女。まだ幼い朝霞王女。
 いずれ妃らをまとめるのは、最年長の真穂王女になると思う。学舎在学中は私が、妃に相応しくなるようにフォローする。
 幸い「失恋」しそうな妃はいないようだ。美琴は胸を撫で下ろし、今後の行動を考え始めた。

6/3/2023, 6:56:21 PM