名もない譫言

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 久しぶりに、電車に乗って遠くの街へ行く。
そこは、元僕が住んでいた家のある街だ。

 駅から歩く事30分。黄色い壁で庭があって、目が覚めるほど赤い屋根の家が見えてきた。

 誰もいないのに、インターホンを押す。緊張しているのだろう、押す手が震えている。その時、ガチャリと扉が開いた。

「はーい.........って、ど、どちら様でしょうか。」

 小柄な女性が出てきた。声質的に大学生だと思われる。僕は驚いた。びっくりすると共に、安心と、恥ずかしさと、悲しみが込み上げてきた。

「す、すみません。家を間違えました。」

 そうとしか言えなかった。扉がしまった後、すぐに駅に向かって走った。気がつくと、眼からは涙が溢れていた。

 帰りの電車からは、黄色い家が見えた。あの家が受け継がれた事、取り壊されていなかった事への安心と、それ以上の..........。

 あれは、僕の家なのに.........。僕が手放してしまったからだ。後悔しても、遅いだろう。

ー*ー

 あれから僕は、遠くの街へ職場を移動した。電車に乗るたびにあの家が見えて、複雑な気持ちになる。でも、きっと大丈夫だろう。

 そんな事を思いながら、今日も僕は遠くの街へ行く。

2/29/2024, 6:34:10 AM