白眼野 りゅー

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 てきぱきと化粧を済ませた君は、鞄を手に取り、財布と携帯が入っていることを確認してひとつ頷いた。やや不機嫌そうな足取りで玄関へと向かう。扉に手を掛けながらゆっくりとこちらを振り向き、

「さあ、行こっか」

 と、さも当たり前のように君は言った。


【さあ行こう、いつも二人で】


「……えーと、行くって僕も?」
「他に誰がいるの?」
「誰もいないから困惑してるんだよ」

 僕としては当然の疑問だったが、早く出掛けたいらしい君は少し苛立った様子だ。仕方がないので、状況を一から確認する。

「君は、ええと、今少し機嫌が悪いから、外に出て気持ちをリフレッシュしたいんだよね?」
「そう。行きつけのカフェが、最近新メニューを始めたの。ちょうどいい機会だから食べに行こうかと」
「それは素敵だね。……ところで、どうして君は、リフレッシュが必要なほど不機嫌になったんだっけ?」
「そりゃもちろん、君と喧嘩になっちゃったからだね。……ねえこの問答まだ続く? カフェに着いてからじゃ駄目?」
「自分で言ってておかしいと思わない?」

 僕の問いかけを無視し、勝手に僕の鞄を持ってきた君は「ほらもう行こうよお」と頬を膨らませた。どうやらおかしいとは思わないらしい。

「……あのね、私は気持ちの切り替えが下手だからね、嫌なことがあった時は、とびきり嬉しいことで上書きしたいの」
「うん、だからお気に入りのカフェで、一番気になってるメニューを食べに行くんだよね?」
「…………そのとき、目の前に一番好きな人がいたら、この世の全部の不幸を塗り替えちゃうくらい、最高の時間になるでしょ?」
「はあ……」

 本当は、君が出かける準備を始めた時点で、喧嘩がグダグダになることは予想していた。だって、僕が君の「行こう」を断れるはずがないじゃないか!

「さあ、さっさと行こう。もたもたしてたら売り切れちゃうよ」

 扉の先に待つ最高を予感しながら、君の手を取った。

6/7/2025, 5:17:11 AM