白井墓守

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『優しさ』

優しさとは、いったいどんな味だろう。
甘いのか、辛いのか、渋いのか、酸っぱいのか、それとも涙のように塩辛いのか。

○○○

「なぁ、優しさって、どんな味だと思う?」
「は? なんですか、急に」
「いいじゃん、いいじゃん。気になったんだよ」

放課後、夕日が沈む学校の教室で。
俺がそう言って両手を合わせてお願いのポーズを取り頼み込むと、アイツは訝しげに潜めた眉を緩めて呆れたようなため息を一つ落とした。

「優しさに味なんて無いですよ、無味無臭です」
「えー! そうかなぁ。絶対に味あるって!」
「……たとえば?」
「うーん、そうだなぁ……」

アイツに問われて、俺は考える。
この気持ちを、どう言ったらアイツに伝わるのだろうか。
アイツはテストで全教科満点とかいう馬鹿みたいな数字(逆に、ギャグではない)を叩きだして、男子スポーツ競技で一位(科目は忘れた。俺の専門はゲームです)を取るような文武両道で、それなのに性格が最悪で友達が一人も居ないっていう、文科省が見たら頭を抱えるような頭でっかちなヤツだ。
どうやら、成績の良さと性格の良さは比例しないらしい。
だけど、良いとこもある。人間のエゴだっていいながら、木から落ちた鳥のヒナの世話をしてたり、点数稼ぎって言いながら老人の荷物を持ってあげたり、あと幼馴染の俺が赤点取らないように勉強みてくれたりしてる。アイツは、俺の親に頼まれているから、これはご近所付き合いという処世術ですって言ってたけど。

「あのさぁ……」
「なんですか? 馬鹿」
「バカでぇーす。優しいってさ、なんかさ」
「はい」
「形がさ、ないよな」
「……すごい溜めた挙句それか、という気持ちはありますが、あなたは馬鹿なので飲み込んで答えましょう。はい」
「言ってんじゃん。牛みたく反芻してんじゃん。一度飲み込んで出しちゃってんじゃん」
「で?」
「あ、はい。んー、あのさぁ。今、俺の勉強見てるときとかってさぁ、どんな気持ち?」
「そりゃあ面倒だなって思ってますよ、当然」
「じゃあ、俺が勉強の合間に疲れたからゲームしようぜって誘ってる間も、面倒だなって思いながら付き合ってくれてたの?」
「そりゃあ……」

アイツの言葉が止まった。
こちらをみる、目が合う。
先に目を反らしたのは、アイツだった。
ふいっと顔を背けて、机に珍しく頬杖をつき、そっぽを向いた彼。その姿は夕日に照らされており、どんな色を持っていたのか、また顔も背けられて分からなかった。
唐突に、声だけがポツリと二人だけの教室に響く。

「まあ、少しは楽しかった……ですよ。少しは、少しはですから」
「……そっか」

その焦ったように早口になりつつ、語彙が強めに強調されて吐き出される言葉に、どことなく俺の中で納得したものがあった。

「何がそっかなんです?」

イライラを隠せないのか、苦虫を噛み潰したような顔で目を吊り上げてこちらに聞き返す彼に、思わず頬が緩んだ。

「きっと優しさって、麻婆豆腐みたいな味がするんだよ」
「は?」

口に三本指が突っ込めそうなほど開けられた彼の顔を、少し間抜けだなぁ、なんて微笑ましく思いながら、俺は再度口を開く。

「辛くて、酸っぱくて、甘くて、ちょっとだけ野菜の苦味もあって、刺激的で、でも美味しい……」
「……」
「最初に食べたときは辛さにビックリして、逃げたくなるけど、食べ続けていくうちに違って面が見えて、それが美味しく感じてくる……きっと優しさもそうなんだって、俺は思った」
「そうか」
「うん、そうだ!!」

俺が満面の笑顔で、スッキリとした気持ちのままピースを掲げると、アイツは鼻で笑ったあと、夕日が眩しかったのか目を細めながら、小声で何かを呟いた。

「何か言った?」
「別に。てか、良いんですか? もうすぐ日が沈みますけど、今日の晩ごはんは君の好きなハンバーグでは?」
「そうだった! はやく帰らなくっちゃ!!」

「……僕もあなたみたいになりたかったな」

「え、何か言った?」
「いや、別に何も言ってませんけど」
「? そっか。ほら!!」
「??」
「一緒にかえろうぜ!!」
「…………ええ、そうですね」

夕日が沈む学校の教室を、二人で後にする。
最期、出ていくときに、アイツの顔が朗らかだった気がする。
アイツの晩ごはんも、アイツの好きなメニューだったのだろうか。

あれ、そういえば……アイツってどこに住んで、いや、名前って何だっけ??

「なぁ……「あら、今から帰るの? 一人? 気をつけてね〜」……あ、先生! 一人じゃないよ! ほら!! ……あれ?」

担任の女教師に話しかけられ、俺は言葉を否定し後ろを振り返る……しかし、そこにアイツの姿は無かった。

「あれ? さっきまで、あれれ?」
「よく分かんないけど〜、あの教室。男子生徒が自殺した場所なのよね〜。テスト満点でスポーツ競技一位なのに、いったい何があったのかしら。家庭環境でも悪かったのかしらぁ〜」

「……先生、さようなら」
「ええ〜、さようなら。気をつけてね〜〜」

俺に分かったのは一つだけ。
俺に幼馴染なんて居ない。ということ。

「幼馴染でもないのに、俺の勉強見てくれたなんて。本当に優しいやつなんだなぁ……明日も会えるかな」


おわり

1/28/2026, 4:30:06 AM