与太ガラス

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 手袋をなくした。どこかで落としたんだろう。いつも外したらコートのポケットにそのまま突っ込んでおくから、どこかに置き忘れることはないはずなんだけど。

 革製で中に羊毛が付いていて、手を入れると真冬でも暖かい。お気に入りの手袋だったのに。

 今日の自分の足どりをたどれば、見つけられないこともないか。そうだ、あきらめるのはもったいない。このあと予定もないし、探しに行ってみよう。

 すぐに思いついたのは家電量販店だ。たしか入ってすぐにお手洗いを借りたから、そこで確実に手袋を外している。私はその店に向かった。

 家電量販店に入ると一目散にお手洗いの中を探したが、手袋を見つけることはできなかった。目の前にあるベンチもくまなく見るが見当たらない。私はがっかりしてしばらくそのベンチに座っていた。

「こちら、無料でVR体験できまーす!」

 あきらめで思考停止していると、威勢の良い声が耳に入ってきた。顔を上げると、そこは量販店のVRコーナーだった。はじめに来た時から興味がなくて素通りしていたんだから、特に用はない。

 もう帰ろうかと思っていると、VRコーナーの奥にレザーアイテムのコーナーがあった。何が家電量販店なんだ。なんでも屋じゃないか。でもどうせなら新しい手袋でも買っていこうかと思い、そのコーナーに足を踏み入れた。

「手袋を探しているんですが」

 中にいた店員さんに話しかける。

「はい、お客さんにぴったりの手袋、ございますよ!」

 明るい女性の店員さんだ。一瞬で私に似合うものが何かわかるという。

「これなんかいかがですか?」

 差し出された手袋は、まさしく先ほどまで自分が使っていたものと瓜二つだった。

「え、これ、ちょっとつけてみてもいいですか?」

「はい、どうぞ!」

 私は興奮気味にその手袋に手を入れた。

「え、冷た! え?」

 私は思わず手袋から手を抜いた。とてつもなく冷たい空気に触れているような感覚だった。手を見ると何か土埃が付いているような気がする。

「どうかされましたか?」

「え、いや、なんかこれ、変じゃないですか?」

「えー、とってもお似合いですよ〜」

 あ、そういうことじゃなくて。

「それとお揃いのもので言うと…」

 店員さんはどんどん勧めてくる。

「このネックウォーマーなんか似合うと思いますよ」

 混乱しつつも言われるがままにネックウォーマーを持たされる。

「あ、頭から被るような形で首まで通していただいて」

 いったん頭に乗せ、そのまま首元までグイと引っ張る。その瞬間、顔に痛みを感じるほど肌が冷たくなり、目の前に氷の大地が広がった。雪で覆われた世界にかまくらの家々が並んでいる。私はそのままあたりを見回したが、後ろを向いても遠くに雪山が広がるば…ガバッ!

「ちょっと、なに遊んでるんですか?」

 ネックウォーマーを無理やり下まで引っ張られ、店員さんの顔がドアップで眼前に飛び出した。首元はまだ寒いままだ。

「はは、ネックウォーマー、顔に被ったまま、うろうろしないでくださいよ。おもろ」

 店員さんは私の挙動にケラケラ笑っている。

「いや、これおかしいですって。なんかここの商品、異世界に…」

 異世界につながってる? いよいよ何を言っているんだ? でもいま見た…映像? いや、肌に触れる空気の感覚、あれは本物じゃないのか?

「あ、と、は〜、あ、このブーツですかね。合わせて履いたらお似合いだと思いますよ〜」

 もしかしたらそのブーツを履けば、あの世界を歩けるってことか? よーし…

「ちょっとちょっと! また勝手にウチの商品持ち出して!」

 割って入ってきたのはVRコーナーの店員だった。ネックウォーマーとブーツを指差していきり立っている。

「あー、バレちゃったかー」

「え、あの、どういう?」

「この人いつもウチの最新VR機器を勝手に持ってくんですよ」

「だってデザインとかビジュアルとか、こっちにあった方が手に取りやすいでしょ。あとちょっとで売れるところだったのに」

「とにかく、これはVRの方に戻しますからね、お兄さんも、欲しかったらウチで買ってください!」

 そう言ってネックウォーマーとブーツを持っていってしまった。そしてなぜか手元には手袋が残された。

「それだけでも買っていきます?」

「あ、これだけじゃいらないです」

12/28/2024, 3:38:38 AM