2024/05/22
『ぽつり』
宮沢 碧
「また明日ね!」
夕暮れ時の路地裏で、別れ際のはしゃぎ声を聞いて、買い出しのメモから目を離す。
『また明日』、小さい頃こそ何気なく言っていた言葉だけれども、最近は口にしないなと常子は思った。
家族としか話していないから。フリーランスになってから、一緒に働く人もいない。明日必ず会う人などいないのだ。
メモから離した目が走り去っていく子供たちを映す。どこかの家から漂う出汁の匂いが切ない。突然、世界で1人になってしまった気がした。手にしたメモの品を待つ年老いた母が待っていてくれるとわかっているのに。
『また明日』
明日が来るかもわからないというのに、明日が来る前提の話な上に、必ず会うつもりであるという贅沢な言葉である。
今夜、無理矢理、母宛に使ってみようか。いいや、私はそろそろそういう風に声をかけられる友なり同僚なり相手を作るべきなのか。気にかけない程当たり前だったことだったのに気づいてしまうと喪失感がある。
常子の足元を独りで悠々と猫が行く。
(そうだ。大の大人がこんなところに立ち尽くしては……)
猫に倣って常子は再び歩き出す。猫を軽く追い越して、すれ違いざまに声をかける。
「お前たちは強いね」
猫は1人でも生きるし、群れても生きていく。猫の世界にも明日と言う概念はあるのだろうか。
当たり前のことはふと気づくととても贅沢なことなのだ。今は、今ある目の前のことを大切にしていこう。いずれまた、縁があれば「また明日!」と言う日も来る、常子は思った。
再び歩き出した足元で薄紫の綿のワンピースが風に揺れた。まもなく一番星が灯る。
お題 また明日
5/23/2024, 11:35:12 AM