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物事を深く考えてしまう癖がある。
幼い頃の親と共生する為の生き方が癖になってしまったのだ。
言葉を事実としてではなく、本質や解釈を付け加えて相手の言葉をより一層理解してあげようとする自己犠牲精神。健全なコミュニケーションの中に自己犠牲はいらないと知ったのは25になってからだ。
それはそれは驚いた、自分がしてきた事がまるで無駄だったかのような、否定されたような、最初は理解できなかった、飲み込むのにすごく時間がかかった。
だけど全部が全部無駄ではなかった。私はそれをしてきたからこそ、他人の弱い所や隠している事に気づく事が出来る。

それを教えてくれたのは4個も下の彼、
21の若者のキレのある物言いにグサッとなる事が多い。
私は繊細な生き物なのだ。よしよし。とそっと心で自分をかわいがる。
自分より若い彼に言われるとまだまだ経験が足りないくせにという意地みたいなものと一緒に真剣にぶっ刺さっている自分がいる事にムッとする。
より若いとか、より大人とか "より"を付けて自分を下げなくていいですよ。とも言われた。グサッ。

日常的に話す機会が多いから他愛もない話からビジネスとか専門的な話もする。
ふとした時に彼が言った「過去にしぬほど悩んだ事がある。それに1人でしぬほど向き合った、どうせしぬなら変わってやると思った。泣いて泣いて、自分に怒った。」
初めて他人にこんな事言いましたよ。と少し息を大きく吸って吐く彼。
あぁ、彼の底はそこだったのか。


家に帰ってから本棚の端にあるノートを手に取る。

「私の中には小さな海がある。
潮の満ち引きのように心が揺らぎ、
時には大波がくる。」

中学の時に走り書きして残している時の情景を思い出す。ずっと1人で夜はずっと長かった。
読み返して中学生ながら生意気な気づきだな、ポエマーしてんなと思う。

海には底があり、そして波がある。
私の海の底に気づいた彼もまた、
別の海をもちその海の底をもっている。

彼の海の底を見せてくれた事が嬉しかった。

他人の海なんてわかりっこない、
わかりたくないと思っていたけれど、
出会うべくして出会ってくれたのだろう。


#海の底






1/20/2026, 6:59:04 PM