NoName

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これまでずっと隠していた。
私、本当は貴方が嫌いなの。なのに、私と会う度顔をくしゃくしゃにして笑って。私の愛してるわの言葉に頬を染めて、貴方って本当にバカなのね。
私の作ったご飯を美味しい美味しいとぱくついて。私が毒を盛っていたことも知らずに。だけど、こんな日々ももう終わりだわ。

カラン、とフォークの落ちる音。貴方は口元を押さえている。ああ、ようやくこの時が訪れたのね。
私からあの人を奪った貴方を私は許さない。
椅子ごと床へと倒れ込む貴方。もう息もしていない。

腹の底から笑いが込上げる。やった、やった、とうとうやったのね。あの人の仇をとってやった。

それなのに。

おかしいわ、どうして涙が止まらないのかしら。
後から後から貴方と過ごした日々が思い浮かんでは流れていく。初めて作った不格好な料理を美味しいと褒めてくれたこと、窓から見えた星に目を輝かせていたこと。危ないからと2人で暗い夜道を手を繋いで歩いたこと。
どれもどれも思い返せば、貴方からしか得られない素敵な思い出だった。

ああ、なんてこと。私、貴方を愛していた。
愛してしまったのよ、罪深いことに。
あの人を忘れられないままに貴方を愛し、そして……。

倒れ伏した体はどんどん冷たくなっていく。
ああ、もう、元には戻らない。
二度も愛した人を失うなんて、馬鹿は私の方だったわ。

眠りについた貴方の開けっ放しの目を閉じる。そして、踵を返して暗闇へと消えゆくの。きっと明日になれば誰かが見つけるわ。貴方は近所の人気者だったもの。カツン、と鳴り響くヒールの音。視界に広がるのはただの黒。
星の灯りすらない夜道は私への罰だった。

7/13/2024, 2:42:18 PM