ガラスの中で、ユラユラと花が揺れている。
赤、ピンク、オレンジ、白のガーベラが美しいそれは、博士の誕生日プレゼントとして届いた代物だ。
それを届けてくれた──資料庫に現れた配達員の話を聞いた時は、博士の非常識っぷりに驚いた。
施設内に許可なく入り込まれたら、普通は110番案件だ。それなのに普通に受け取ってしまうとは、いかがなものか。
常識を力説する私に、博士は「真面目な君らしいなぁ」と、のほほんとしていた。
もう少し、危機感というものを持ってほしい。
件の配達員は配達伝票を回収した後、資料庫の扉に触れ──扉を開ける間もなく姿を消したという。
博士は「不思議なこともあるもんだよね。貴重な体験しちゃった」と笑っていたが、私は笑えない。
突如現れて消えていくなんて、お化けではないか。
…無理!普通に怖いっ!
もし、私一人の時に対応していたとしたら、お巡りさんを呼ぶか、卒倒するかの二択しかない。
博士のいる時に現れたその配達員は、不幸中の幸いだったといえるだろう。
ハーバリウムが届いてからというもの、博士は暇を見てはハーバリウムを掌の中で転がしている。
色の無い研究室に、その色は一際映えて見える。
花が好きな博士のことだから、プレゼントがお気に召したのだろうとあまり気にしていなかったのだが──
ユラユラと揺れるガーベラを見つめる博士は、どこか遠い目をしている。
まるで遠い日の記憶をなぞっているかのようなその目は、静けさの中に旧懐の色がある。
ユラユラと揺れるガーベラは、その瞳を静かに受け止めていた。
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博士とハーバリウム
テーマ「遠い日の記憶」
7/17/2024, 2:59:21 PM