「あっ、映人じゃん!久しぶり~、元気にしてた?」
突然の名指しと左肩に置かれた手に驚いた和映人は、立ち読みしていた漫画雑誌を落としかけ、あたふたしながら声の主を振り返り、さらに驚きの声をあげた。
「わっ、志波ちゃんだ!」
へへへっと、いたずらっ子のような表情を浮かべながら、志波和(しなみ のどか)は笑った。
ファッションビルのテナントとして出店している大型書店で顔を合わせた二人であったが、周りの喧騒が店内にも響いてくるおかげか、声のボリュームがやや大きくても、そこまで目立たず、批難の視線を浴びることもなかった。
それでも、映人は周囲を窺い、声のトーンを落とし、小声で話すことにした。
「びっくりしたよ。書店に来るなんて珍しいじゃん。探し物?」
志波は、持っていた数冊の単行本の表紙を映人の眼前に近づけた。
「これを買いに来たんだよ~」
「って、近い近い!もっと離して!ちゃんと見えないよ。」
その本は、それぞれオレンジや白抜きで『スポーツ健康栄養学』『スポーツ医学』…と表紙の1/3を埋めるほどの大きさでデカデカと書かれていた。
「これって…?」
「私、スポーツ推薦で入学したでしょ?いまね、ラクロス部のレギュラーになったんだけど、将来はスポーツに関わる仕事がしたいからさ。部活にも絶対役に立つ勉強をしようと思って。」
志波は、一息に喋ると、一冊の本のページをパラパラと捲って見せた。
ついこの間、入学式を終えたばかりだろうに、もう将来の職業を考えているのか…。
映人は漫画雑誌を閉じて、元の場所に戻した。
「あれ?もういいの?」
「うん…。そろそろ帰ろうかなって思ってたし。」
「あ!じゃあ、途中まで一緒に帰ろうよ!待ってて、いまお会計してくる!」
屈託なく志波は言うと、あっという間にレジ前に並ぶ列の最後尾に立った。
「敵わないなぁ」
映人は苦笑して、レジ近くのエスカレーター前に移動し、志波を待つことにした。
あの頃と変わらないように見えるのに、確かに時間は流れて、志波も自分も大人に近づいているのだ。
神様が存在するなら、自分はこう祈るだろう。
神様へ、志波と出逢わせてくれて感謝します、と―。
映人の父は転勤の多い仕事だった。
最短一年間で別の小学校へ転校することもあった。
映人は、クラスの同級生と浅く付き合う術を身に付け、自分の心の無防備な部分には何人たりとも立ち入らせなかった。
たった1人、志波を除いて。
映人は小学5年生に進級する時、志波が通う小学校に転入した。
小規模な学校で、一学年毎に2クラスずつ。
教員の数も前の学校よりだいぶと少なかった。
ただ、のんびりな校風が、都会の受験競争が苦手だった映人には好ましく感じられた。
志波は同じ五年二組のクラスメイトで、明るく、男女問わず輪の中心にいるような女子だった。
よく周りを見てて、なかなか会話に入れない子がいれば話をふったり、アフターフォローを欠かさなかったり、クラスメイトとの関わりに一線を引いている映人にとっては、感心はしても羨望の対象にはならなかった。
転機は、クラスで起こったある男子の財布盗難事件だった。
#神様へ
4/15/2024, 9:01:20 AM