キーンコーンカーンコーン
鳴り響くチャイムの音。張りつめた糸が切れるようにだらけだした生徒たち。小さな溜め息と共に出される授業終了の声。感謝の気持ちなんか欠片もこもっていない形式だけの挨拶。
座りっぱなしで凝った肩をまわし,机の上を手早く片付ける。ざわめきに満ちた教室 人の群れを掻き分け闊歩するように近づいてくる誰か。その影は目の前に落ちた。
「今日はどこにする?」
「······美術室」
約束をしているわけでも何でもないのに,毎日こうして迎えに来るのは何故なのか。馬鹿正直に答える自分も自分なのだけれど。
そもそも授業が終わればすぐに教室をあとにしていた自分がほんの数分とは言えここに居ること自体が,おかしいことなのだけれど。
それ以上なんの会話もせずにただ一人美術室へと向かう。相手に気を使ったりなんかしないし,そもそも着いてきているかどうか視線を向けたりもしない。
ただ静かな足音が聞こえてはいるから,たぶん後ろにいるのだとそう思うだけ。
「失礼します」
誰もいない教室。油絵の具や木材 その他色々な匂いが入り交じった香りに迎えられる。
日の光が当たる席に鞄をおろし,水道で手を洗って弁当を広げる。目の前の人物はこちらにテーブルをくっつけていた。
「いただきます」
「いただきます」
唯唯黙って己の食事を済ませる。その間なんの会話もなく,時折外の景色を見つめたり 視線が絡むだけ。
······本当に何が楽しくてこんなことをしているのだろうか。
「ご馳走さまでした」
「はい,これ」
目の前に差し出されたのは皮の剥かれた蜜柑。状況をうまく理解できずまばたきを繰り返していれば,いつのまにかとられた手にオレンジの果実が乗せられる。
「······なんで?」
「ビタミン。体調よくないんでしょ?」
声を出したわけでもないのによくもまぁそんなことに気がつくものだと思う。妙に勘が鋭くて気が使えて,なのにどうしてこんなところにいるのやら。
「ありがとう。いただきます」
「どうぞ」
ふんわりと弧を描く口。茶葉から丁寧に淹れられたロイヤルミルクティーのような柔らかで甘い瞳の色。それが獲物を狙う獣のような欲を宿したように見えたのは目の錯覚だろうか。
親切心での行為に対してそんなことを思ってしまったのは何故なのか。さりげなく盗み見た瞳はいつも通りだったのに。
「······ねぇ,楽しいの こんなことしてて」
「もちろん。好きでしてるよ」
貰った蜜柑を口にしながら問いかければ間を置かず帰ってくる返答。それは糖度の高い蜜柑と相まっていやに甘やかに聞こえた。
テーマ : «みかん»
12/29/2022, 4:49:24 PM