いろ

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【花咲いて】
 恋に落ちることを、まるで花が咲くようだと昔の人たちは歌ったけれど。いくら古典の教科書をめくってみても、私にはいまいちその良さがわからなかった。
 だって花なんて一年中何かしらが咲いている。それを恋に喩えるなんて、まるで恋なんてありふれたものだと言われているみたいだ。
「そうかな? 僕はけっこう好きだよ、昔の日本人のこういう感覚」
 だけど君は、そう柔らかく微笑んだ。教科書に印刷された三十一文字を指先でそっとなぞりながら。
「花を見るとさ、世界の全てが美しいもののように思えて気分が明るくなるじゃない? たぶん恋って、そういうものなんだよ」
 放課後の教室。差し込む橙色の夕陽が、君の横顔を照らし出す。伏せられた長い睫毛が、その目元に僅かばかりの影を落とし、君の姿を憂いげに彩っていた。
 どくんと心臓が跳ねる。見慣れた君の顔が、教室が、まるで世界で一番美しいものみたいだ。ああ、これはまるで。
(キンセンカの花、みたいだ)
 鮮やかで美しいのに、ギリシャ神話の悲しい恋物語を逸話に持つ花。幼馴染だからこそ知っている。私のこの恋は、実らない。
「ふうん。やっぱり私にはよくわからないや」
 ひっそりと咲いてしまった花を、君に知られることのないように。幼馴染として君の隣にい続けることができるように。気のない返事を必死に取り繕った。

7/23/2023, 10:31:47 PM