よらもあ

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はらはらと溢れて止まない涙が、少女の頬を濡らす。
白魚の手がそれを受け止めようとするが、溢れる雫は散りばめられた星の中に消えていく。

深い星の海の中に横たわる半身が魚の少女は、深い悲しみに満ちていた。その少女の周りをゆっくりと、少女の悲しみを伺うように魚が泳ぐ。少女の尾鰭と魚の巨体を繋ぐ紐がゆらゆらと揺れていた。

少女は別れが寂しいのだ。
一月ほどしか少女の側に居られない太陽はつい先日に去っていったが、少女はその太陽から聞く話が大好きだった。万物を見渡す太陽は、少女の知らないものや触れたことのないもの、聞いたことのないものの話をしては少女を喜ばせてくれたのだ。
次に出会うまで一年かかる。その事実が少女には無性に寂しく思えてしまい、涙を流して深い星の海の底に沈んでしまった。
愛らしい少女が深く悲しむ姿が、魚もまた苦しかった。
瞬く星たちの中で、少女と魚がまとう星の明るさはあまり目立たない。だからきっと、少女がこんなにも悲しんで沈んでいることを知られることはないのかもしれない。魚はせめて己だけでもと少女に寄り添うようにそのすぐ側に巨体を横たえた。

──────のは、つい先程のはずだ。時間でどれくらいかと言われれば魚には分からない。分からないが、分からないなりに分かることもある。深く落ち込んで沈んでいた少女は今や、きゃあきゃあと声を弾ませて海王星の星占いを聞いている。なんならその側で土星も微笑ましげに見守っているではないか。

星が星に星占いをしていることに何の意味があるのかは魚には分からないが。

太陽と違い長めに双魚宮に滞在する海王星や土星はもちろんのこと、何なら今の時期は火星や金星も双魚宮に滞在しているので賑やかなものだ(金星はそろそろ出て行くらしく準備しているが)。
魚はその巨体を泳がせずに横たえたままであり、少女ははしゃぐたびにその巨体をぺちぺちと叩いている。
なんでも海王星と土星がいる今がうお座の夢を叶える成長の兆しが云々とか何やら魚には理解しがたい話の真っ最中である。少女は良い兆しかと喜んでいるが、先ほどまで太陽が去ったのをあんなにも悲しんでいたのが嘘のようだ。まるで泡のような浮き沈みの激しさだなと考えつつ、魚は目だけをぎょろぎょろと動かした。
太陽に聞いたのだったか水星に聞いたのだったか忘れたが、少女の天真爛漫さは地上ではよく知られているそうだ。実際に目にしたことのない少女のことをよく知っているなと驚いた記憶がある。機会があれば、宝瓶宮か人馬宮にでもその理由を聞いてみようかと考えてみたが、独自の理論や哲学で捲し立てられても魚には理解出来なさそうだなと思い直したことがある。それならまだ丁寧に我慢強く教えてくれそうな処女宮と天秤宮に尋ねに行く方がいい。今度こそ尋ねてみようと魚は頷けない頭をエラを動かすことで頷く気分になってみた。
そうやって巨体がわずかに動いた瞬間に、視線が当たり前のように少女の姿を捕える。少女もまた魚の方へ愛らしい笑みを向けており、どうやら海王星から聞きたての星占いを魚にも教えてくれるらしい。喜ばしいことは一番に魚に教えてくれるのは少女の常だ。

二匹は離れられないわけではないが、離れたことはない。
近過ぎるほどに近い距離は、互いに丁度いい。
同じものを共有して、大切なものを当たり前のように分け合うのだ。
昔からの親しい友人のように、親子のように、兄弟のように、恋人のように、英雄と姫君のように、鏡ごしの自分相手のように。

体の星が細く瞬いて、魚は笑った。
魚が笑ったのを理解していたのもまた、少女だけであった。





“大切なもの”

4/2/2024, 4:08:06 PM