「大丈夫?」
一人落ち込み悩む夜、必ず君の声がする。
あのクローゼットの中から。
幻聴なのは分かってる。
君はもういない。
クローゼットの中にも、この世界にも。
仕事に疲れて、世の中が嫌になって、命が邪魔に思えた夜。
クローゼットの扉の向こうから、「大丈夫?」って。
思わず、「もうダメかも」って答えてしまった。
「助けてあげようか?」
君は優しい人だった。いつも僕を支えてくれた。
クローゼットの扉が、ゆっくりと開いてゆく。
「待って。君の名前を教えて」
僕の問いに、扉の動きが止まる。
「…なんでそんなもんが知りたい?」
それは、君の声じゃなかった。
クローゼットの扉に体当りして、力づくで閉じ込める。
「どうして?どうしてこんなことするの?」
君の声がする。でももう騙されない。
「僕は大丈夫だから。君がいなくてもやっていけるから」
静まり返るクローゼット。
その後、悔しそうな舌打ちの音。
知らぬうちに、僕は泣いていた。
次の日、回収業者を呼んで、クローゼットを引き取ってもらった。
中身もそのままに。
君の形見の品がたくさん詰まったまま、何者かをその檻に閉じ込めたまま。
遠ざかるトラックを見送りながら、
「僕は大丈夫だから。君がいなくてもやっていけるから」
昨夜と同じように、君に別れを告げた。
もう、君の声を聞くことはないだろう。
2/15/2025, 4:53:24 PM