狐月影人

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 私は超能力を持っている。

 とは言っても、今日の晩御飯が何か分かる程度の能力だ。
 この能力が私の人生を変えた事なんて一度だってない。
 当然だ。
 だって晩御飯が何なのか分かる程度でしかないからだ。

 そして私は今、憂鬱だ。
 何故なら、今晩のご飯が私の嫌いなアスパラガスが出てくることが分かってしまったからだ。
 いや、ハッキリと見た訳では無い。
 だから、アスパラガスだと断定出来る訳では無い、はずだ。

 しかし、緑色でスティック状の物を苦々しい表情で食べていた夢を見た。
 緑色でスティック状と言ったら、細切りの胡瓜か菜の花かほうれん草か、それかアスパラガスくらいしか思い浮かばない。
 その上で苦々しい表情で食べるものと言ったら、私にとってアスパラガス一つしかないのだ。
 だから、今晩は恐らくアスパラガスが出るのだろう。

 そう。私の超能力は予知夢。
 でもそれは、さっき言った通り、今夜の晩御飯が何か夢で見て分かる程度の物でしかない。
 それも、その日によって鮮明に見えたり、ぼやけて見えたり。
 割と曖昧だ。
 そして今回の予知夢はぼやけた物だった。

 ちなみに、この予知夢で晩御飯の運命は基本的には変えられない。
 だから見えてもあまり意味がなかったりする。

 過去にどうしてもアスパラガスが食べたくなくて、朝から駄々を捏ねてみたこともあったが、そんな程度じゃ変えられなかった。
 逆に、晩御飯を変えられたのは外出していて、今日はどっかで外食にしようか、という日くらいだ。
 だから、基本的には変えられない。

 しかし、私はこの運命を捻じ曲げることを諦め切れてはいない。
 どうにかして、今晩のご飯からアスパラガスを除外するのだ。



「お母さん。今日、買い物に行く?」

「そうね。そろそろ行こうと思ってたけど。どうして?」

「いや、今日は特にやることないし、着いて行こうと思って」

 たまにこういう事を日頃から言って着いて行っている。
 だから特段不審に思われてはいない、はずだ。

「いいけど、本当に買い出しに行くだけよ?」

「うん。それでも人手があった方が助かったりするじゃん?あと、物の値段とか見ておけば経済とか分かるしさ?」

 まぁ、物価なんてさして興味無いんだけどさ。

 そんなことよりも、今の私はアスパラガスさよなら大作戦の事で頭がいっぱいなのだ。

 微妙に納得のいっていない表情でお母さんは頷く。
 なんだ、さっきの物言いになんか不満があるのか!
 そう思うだけで口にはしないけれど。

 そうして、買い物に繰り出すことになった。



 スーパー入口にあるチラシ。
 今日はお豆腐が安いらしい。
 そのチラシの端に写っていた海産物を見てお母さんが口を開いた。

「アオイ、知ってる?ヒラメとカレイって実は同じ魚なのよ」

「いや、別種だから。肉質が違い過ぎるし」

「ちぇ。騙されないかぁ。昔はそんな口答えしないで素直に信じてたのに」

 お母さんはたまにしょうもない嘘を吐く。

 昔はよくそれに騙されて信じ込んでは、真実を知る度に愕然とした。
 それ以降、お母さんに騙されない為に色んな本を読み漁り、様々な知識を身に付けたのだ。

 だから、最近はそうそう騙されない。

「あ、今日はアスパラガスが安いのね」

 出た。
 やはり今日の買い出しの結果、アスパラガスが今晩出てくるようになるらしい。
 買い物に出て来て良かった。

「安くても買うのやめない?」

「何言ってるの。安いんだから買わないと損でしょ?」

「それ、お店側の戦略に引っ掛かってるんだよ?」

「戦略でも何でもいいのよ。家計が少しでも助かるんだから」

 何とかして誘導を試みるが、失敗した。
 お金の話を持ち出されると何も言えない。
 私がお金を稼いでる訳じゃないし。

 こうなったらプランBだ。
 あれいつの間にかカゴからアスパラガスが無くなってる作戦だ。
 お母さんがカゴに入れたアスパラガスをしれっと棚に戻す。
 これは相当な技術が要る作戦だ。

「アオイ。ちょっと醤油と味噌、いつものやつ取ってきてくれない?」

「ん、分かった」

 確か醤油も味噌も調味料売り場だから纏まって置いてある。
 だから直ぐに戻れるはず。

「お醤油はこれで……。お味噌はこれ、だったかな?」

 ちょっと前見た時とお味噌のパッケージが変わってる気がするけどこれで合ってるはずだ。
 そうして、戻ろうとした時。

「醤油と味噌あった?」

 お母さんが既に調味料エリアの近くまで来ていた。
 お母さんが持つカゴの中にはしっかりとアスパラガスが入っている。
 ぐぬぬ。

「お母さん、他に必要な物はないの?」

「んー、何かあった気がするんだけど……」

 お母さんは虚空を見上げて唸り始める。
 何がなかったか冷蔵庫の中身を想起しているのだろう。

 今がチャンスだ。
 サッとアスパラガスの入った袋を取り出し、後ろに隠す。

「アオイ。今取ったの、戻しなさい」

 秒でバレた。
 観念するしかない。
 泣く泣くアスパラガスをカゴに戻す。

「まったく、しょうがない子なんだから。もう行くよ」

「あ。くぅ……」

 アスパラガスばいばい作戦失敗。
 お母さんは何枚も上手だった。

 次はもう少し計画を立てて行動することにしよう。
 私はそう固く決意するのだった。



 お腹が空いた。
 ふと時計を見るともう晩御飯の時間だ。

「アオイー?もうご飯だよー!」

 ちょうど良くご飯も出来たらしいからリビングへ急ぐ。
 でも、今日はアスパラガスがあるんだよなぁ。
 それだけで少しテンションが下がるけど、でもそれ以外は普通に美味しい物ばかり。
 アスパラガスさえどうにか出来れば大丈夫。

「それじゃあ、食べましょう。いただきます」

 お父さんはどうやら今日は帰りが遅くなるらしい。
 遅くなる時はいつもこんな感じで二人で食べる。

「いただきますっ」

 今日は肉じゃがとお味噌汁とお漬物だ。
 そこにアスパラガス。

 なんでこんな組み合わせなのか疑問に思いつつ。

 アスパラガスを一本、箸で取る。
 すると、重力に負けて、へなりと曲がった。

「ごめんね。ちょっと茹で過ぎちゃったみたいで、そうなっちゃった」

 茹で加減がどうであろうと嫌いな物は嫌いだ。
 でも、出された以上は食べないといけない。
 いくら嫌いな物だと言えども。

 意を決して口に含み、数回咀嚼。
 妙に筋張ってて噛みきれないが、気にせず胃袋へ。
 そうして残りのアスパラガスも掻き込み、同じようにして飲み込む。
 よし、難所は乗り切った。

 あとは美味しいご飯、という所で、お母さんが口を開く。

「アオイ。ニュースでやってたんだけど、最近、新種の生物が見付かったんだって」

 特に興味のある話題でもないので、適当に相槌を打って聞き流す。
 しかし、それだけじゃお母さんは止まらない。

「それがさ、アスパラガスによく似た生物なんだって」

 そんなのが居るんだ。
 生物って事は植物と動物どっちなんだろう?
 アスパラガスは植物だし、それに似た生物だからやっぱり植物なんだろうか。
 まぁ、どっちでもいいんだけど。

「植物なの?」

「と、思うでしょ?それが動物らしいのよ」

「ふーん。それで?」

 続きは適当に促すが、興味はテレビに独占されている。
 今やっているのは可愛い動物特集だ。
 癒される動物達が気ままに振舞っていてどの子も可愛い。

「その動物、普段からアスパラガスに紛れてるみたいなんだけど、調査で驚く事が分かったのよ」

 アスパラガスに紛れるなんてあるんだ。
 なんかちょっとずつ気になって来ないでもない。

「それが、その新種のアスパラガス似の生物……アスパラガス型の宇宙人だったのよ」

「……え?アスパラガス型の何?」

「アスパラガス型の宇宙人。なんでも、普通のアスパラガスと違ってちょっと筋が張ってるんだって」

 箸を落とした。

 筋張ったアスパラガスがアスパラガス型宇宙人だって!?

 ……食べちゃった。

「う……」


「うわぁぁぁぁああああっ!!」

「うわぁあっ!?何!?どうしたの!?」

 荒く息を吐く。
 いつの間にか寝ていたみたいだ。

 良かった、どうやら夢だったらしい。
 ……ん?夢?

「起きたなら、もう晩御飯にするからリビングに来てね」


テーマ:好きじゃないのに

3/25/2024, 2:46:52 PM