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お題:街へ

《春》

とっとっと
今日も街を歩く
ツンと冷たい風を浴びながら芽を出した蕾が
春の気配を告げる
以前として居座る冬の寒気に
何重にも着膨れて
寒さに負けじと春の訪れを待っている

たったった
春の風が花を乗せてやってきた
蕾はようやく訪れた春の陽だまりに歓喜している
何重にも羽織っていた上着を、脱ぎ捨ててしまった
意気揚々と咲いた花で飾られた木々の下を歩く
街は、これから入学するであろう新入生でごった返していた

ああ、春が来たのだ

出会いと別れの季節
1番好きで、1番嫌いな季節
美しく咲き誇る花が好きだ
しかし、物事にはいつか終わりが訪れる
花が散ってしまうように
友達と過ごしてきた大事な時間が終わってしまう
春の風とともに散っていく花びらを
暖かな思い出と、痛む胸を抱えて
ぼんやりと見上げていた


《夏》

とっとっと
今日も街を歩く
咲き誇る花に彩られていた木々は
濃淡を変え、緑に染まっていた
新緑が芽吹くこのごろ
街は生命に満ち溢れている
冬は見る影もない

しとしとしと
レインコートを羽織り、街を歩く
街は色とりどりの水玉で彩られる
雨の日は土や草の匂いが一段と強くなる
重苦しい雲が消えれば
そこには突き抜けた青空が広がっている
雨の日の特別たる所以だ

みんみんみん
照りつける日差しの中、街を歩く
生命が最も逞しく光輝く季節
張り付く湿り気がちょっと気持ち悪い

ふと店の前を通ると、かき氷の旗
真っ白な雪を染め上げたシロップ
何の憂いもなくひとつの色に染まるそれが
少しだけ羨ましい
からんころん、とガラス玉
ラムネ瓶に閉じ込められた透明は
黒く染まった心を吸い込んでくれるようで
いつまでも、いつまでも眺めている

夜風が吹き抜ける夕暮れ
遊び疲れてお別れの時間
だからだろうか
言いようのない物悲しさに襲われるのは

それでも夜はやってくる
今日は祭りの夜
人で賑わい、明かりの灯った屋台を巡る
花火が、夏の終わりを告げる
終わったことを認めたくなくて
静寂に包まれた空を見上げて
なんとなく、じっと立ち尽くしていた


《秋》

じりじりじり
夏は終わったはずなのに
暑さは去ってはくれなくて
それでも夏は終わっていて
その事実を、始まった学校と差し迫る運動会が突きつける

とっとっと
今日も街を歩く
いつの間にか肌寒い秋風が吹くようになっていて
悴んだ葉っぱたちはすっかり真っ赤だ
生き物たちは、冬に向けててんてこ舞いだ
夜な夜な静けさを増していく合唱は
命の灯火がひとつ、またひとつと消えていくようで
残酷にも躙り寄ってくる冬を思わせる

たったった
何処かの国では先祖の霊が帰ってくる時期だ
悪霊を追い払うために作られた慣習
そんな意味はとうの昔に忘れ去られた
街は飾り付けられ、仮装の準備に勤しむ
まさに良いとこどりもいいところだ
そんな私も、祭り気分を味わいたくて
新作ケーキを買いに街へ繰り出している

真っ赤な葉っぱはどこかへ消えた
あまりの寒さに逃げ出してしまったらしい
月を見上げる、今日は満月だ
すっかり細くなってしまった虫の声に耳を傾ける
消えゆく命とは対照的に
月は爛々と輝いていた
まるで、命を吸い上げているかのように
秋の終わりは命の終わり
冬はもうすぐそこだ


《冬》

とっとっと
今日も街を歩く
街一面を彩っていた草木は色をなくし
生き物たちは、静かに眠っている
冷たい風がツンと肌を刺す
地上はすっかり静寂に包まれた
対して、冬の星空は光り輝いている

たったった
再び街が彩られていく
サンタさんがやってくる
街を歩けばツリーにイルミネーション
店に入ればクリスマスソング
不思議と気分が高揚し、足が軽くなる
街が幸せの魔法にかかる

とったったった
クリスマスが過ぎれば年末年始だ
一年を振り返り、年明けを祝う
一月は行く、二月は逃げる、三月は去る
慌ただしく冬を駆け抜けて
いつの間にやら春の気配
だのに、やたらと長いと感じる冬

冬が長いと感じるのは
きっと命の眠った静寂に耐えられないから
夜空にきらきらと輝く星々は
からからころころ高らかに歌う
楽しげなそれは
静かな地上への、空からの贈り物


街は色を変え、匂いを変え、音を変え
毎日のように景色を変える
同じ日など、1日たりともない
移ろいゆく景色を見て
心を揺り動かされる瞬間が好きだ

時には苦しいような
胸が痛くなるような感情を覚える
それでも、ひとつひとつの感情を、感覚を
尊いものだと思える

だから、今日も街を歩く

1/28/2024, 3:47:10 PM