沖縄の砂浜に二人腰掛けて、遠く水平線に沈む夕日を眺める。目の前にある大きな天体がゆっくりと、しかしはっきりと、その光を海に吸い込ませている。
故郷の病院でチカの願いを聞き入れてから、行く当てもなく各地を転々としてきた。自分がやっていることはチカの死期を早めることだとわかっていたが、最期まで僕と思い出を作りたいと言ったチカの想いに、報いずに生き続けることはできなかった。
ついにたどり着いた南の果て。この美しい景色を見ながらも、沈みゆく赤き光に、時の流れの無情さを感じていた。
「ずっとこの夕日を見ていたいね」
チカが言った。
そう思った。
「ねえ、タイムマシンがあったら、いつに戻りたい?」
チカが僕に問いかけた。その言葉に、これまでのたくさんの思い出が蘇ってきた。チカと出会った大学の講堂、チカと歩いたイチョウ並木、初めてケンカをした夜、病院で診断を受けた忌まわしいあの日……。そして、現実を見ないようにと選んだこの旅路が、目の前の海を割って押し寄せてきた。
「ねえ、答えてよ」
チカの声は笑っているような、からかっているような声に聞こえた。
「うん……、うん、そうだな」
僕は自分の声の温度を確かめるようにつぶやいた。
「いま、だよ」
「……」
僕たちはいま、すべての思い出に満たされて、ゆっくりと流れていく時間を二人寄り添って過ごしている。砂浜には波が運んできた、過去のどんな時間よりもたくさんの今が積み上げられていた。
「ふふ、わたしも」
チカはそう言って僕の肩に体を預けた。僕の肩に二人の記憶が沈められていく。
やがて赤い光は海に溶けていき、エメラルドに輝く水平線を闇に沈めた。
3/6/2025, 1:41:17 AM