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友人に見つめられた。
それは恐らく3秒にも満たないふとした時間だったのだけれど、当時の私はその3秒間が泣きたくなるほど長く感じた。怒られるのかと思って。
何気ない、何事もない一日だったはずだ。私たちはお互いに花の無い女子高生であった。ふざけあって品はあまり無くて、名字の呼び捨てで互いを呼び合うようなロマンのない日々を過ごしていた。
そんな相手に見つめられると。
なぜ私はあんなに怯えていたのだろう?


あの頃は大抵、接触といえば私からするもの。あんた、パーソナルスペース皆無!そう言われながら腕にまとわりつき、肩に手を置き、相手の懐に入り込んだ。厳密にはパーソナルスペースの問題ではなく、単に私のコミュニケーション経験不足から来る「相手の私物化」だったのだと思う。なので時折相手から肩を掴まれたり腕を取られると、想定外ゆえ毎回ビックリしていた。私は好意で触れるけど、相手からの行動に好意があると信じられず、むしろ緊張して不安になった。
あの日もそうだった。廊下を共に歩いていた。会話が終わって、そこから黙ったままの彼女にふと見つめられて、とても驚いていた私。なぜこのような時間が起こったのか理解できなかった。よくわからないけど、私が何か粗相をしたのかと思った。見つめられている。違和感がある。泣きたくなるほど長かったほんの3秒ののち、ポツポツとしたテンポで彼女が次の会話を始めた。動揺したままの私は情けなくこわばった声色で相槌を返すしかできなかった。会話が終わった。とてもしょうもなかった。いつの間にか校舎間の渡り廊下から目的のロッカー前までたどり着いていて、お互いに足を止めた時に私はへにょへにょの声でこの緊張を告白した。

今、あなたに怒られるのかと思った。


ところで実際の私たちは大阪の女子高生であった。
なので私に疾風怒濤の感情をもたらした彼女はあっけらかんとこう言った。

そんなわけないやん!


そうだよね、そんなわけないのにね。口では「なんか黙られて緊張したんやもん~」とうだうだ返して終わった話だ。彼女にとっては本当に、ほんの数分の何気ない一幕。
でも私はずっと、あなたに怒られるのを待っていた気がする。
私たちは一年半前、同じ部活に同時に入りそして泣きながら袂を分かつ経験をした。なんの心づもりもなく入った文化部で、スポ根漫画もびっくりの活動に飲まれたのだ。誘ったのは彼女で、私は誘われた側。真面目な我々はなんとか頑張ろうとしたが、夏には既に大泣きしながら参加していた。彼女は辞めた。私は流されるままヨロヨロと続けた。
彼女との間に禍根を残したくないなら、同時に辞めるべきだった。でも私はそれをしなかった。彼女も望まなかったのだろう。なのに私は後ろめたい思いでいっぱいだった。その後も私たちは大事な選択がいつも違った。選択コース。検定試験。就職と受験。その度に私の心には後ろめたさが募っていた。同じ教室にいても、少しずつずれていく。同じ趣味なのに、話していたら楽しいのに、戻らないものばかりで怖かった。私の決断を、いつか彼女に糾弾されるんじゃないか。私がまだ部活を続けていることを、彼女が見限ったものを続ける私のことなんて憎いのではないか。それが私の怯えだった。
いつの間にか漫画やゲームのしょうもない会話が私の虚飾となっていた。その会話を通してさえいれば心から楽しめる。しかしそれが無くなると私は不安でたまらない。あの日もそうだった。最初はそんな話ができていた。だけど廊下を歩いている時は、きっともっと、日常的な話題に移っていたのだと思う。後ろめたさを隠すための道具がどんどん使い物にならなくなっていく。話題が徐々に、素の状態に近づく。自分すら気付かなかったカウントダウンが恐らくあった。そして起こった視線の交差、一瞬の沈黙。



私と彼女は同じ趣味だ。出会いから十年、仕事や当落を励まし合って今日も推しを拝んでいる。
部活なんて言葉はもう滅多に出てこない。大人になれば趣味以外何もかも別というのが当たり前になって、もうお互いの選択で泣いたりなんかしない。
でも私は、今もあの頃の後ろめたさを覚えている。こんな感情を抱いていたのだということを隠しているまま、高校生のような遊び方で笑いあう。
だからまだ、不安なままだ。
私、ちゃんとあなたと友達になれてるのかな。
今だってあなたに見つめられると、私は怯えてしまう気がする。

3/28/2024, 4:11:45 PM