G14(3日に一度更新)

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『ラブソング』『木漏れ日』『届かない』


 とある春の晴れた日。
 種まきを行うための前準備として、広い畑を耕していた。

 春らしく、暑くもなく寒くもないちょうどいい気温。
 鳥たちは歌を歌い、蝶は優雅に舞っていた。
 典型的な、穏やかな春の日。

 しかし、今の俺は優雅さには程遠い状態だった
 農作業は簡単に見えても地味に重労働、作業を始めてから時間は経ってないのに、すでに汗でびっしょりだった

「だいぶ耕したが、まだ先は長い。
 ここらで少し休もう」

 休める場所はないかと辺りを見渡したころ、大きな木の下に影が出来ているのが見えた。
 地面には木漏れ日が差し込み、キラキラと輝いている。
 あそこならゆっくり休めそうだ。
 そう思いながら木の元に向かう。

 だがこういった時に事件は起こるものだ。
 鼻歌を歌いながら歩いていると、なにかが足にぶつかった。

「あっ」
 視線を向けて見ると、祠らしきものがあった。
 そう『あった』のだ。
 俺が足をぶつけて壊してしまい、今はただの瓦礫だった。

「やっべえ。
 これ壊すなって言われたのに……」

 ここで農業を始める際、扱いに注意するように耳にタコが出来るくらい言われた祠だ。
 特に近所の人がこの祠を大事にしていて、自分が壊したと知られると何を言われるか分からない
 バレる前に逃げよう。

「お前!
 祠を壊したのか!」
 だが逃げることは出来なかった。
 後ろから声をかけられ、タイミングを失ってしまう。
 まさか人がいたとは。

「わざとじゃないんです!
 許してくださ……」
 謝りながら振り返ると、そこにいたのは古風な着物を着た美少女だった。
 あまりにも場違いな格好に驚き、最後まで言葉を言えなかった。

「ふん、口だけならなんとでも言える。
 どうしてくれようか……」
 腕を組んでプリプリと怒っている少女。
 田舎なので近所の人間は全員顔見知りなのに、目の前にいる少女は見たことが無い顔だった。

「えっと君は……」
「そこの祠に住んでいたモノじゃ!」
 いきなりとんでもない事を言う。
 いつもなら『揶揄うんじゃない!』と一蹴するところだが、その少女が纏う雰囲気は普通じゃない。

 まるで江戸時代から来たような服装、年頃なのに化粧っ気のない顔。
 古臭い言い回し。
 なにより少女の持つオーラが、その言葉に説得力を持たせていた。

「それは……
 この祠で祭られてた神様ということ」
「神様と言われるほど偉いもんじゃないがの。
 概ねその通りじゃ。
 しかし……」
 少女はためを作りながら、俺の足元を見る。

「しかしわしの家はもうない。
 お前さんが壊したからの」
「うぐ」
 痛いところを突かれ、思わずうめき声を上げる。
 この点に関しては自分が全面的に悪いので、何も言い返せない。
 その様子を見抜いたのか、少女は目を怪しく光らせる。

「祠を壊したのじゃ。
 命をもって償ってもらう」
「そ、それだけは勘弁してください!
 何でもしますから!」
「今『なんでも』って言った?」
 少女の顔がにちゃりと歪むのを見て、背筋に冷たい物が走る
 『言ってないです』と言いたかったが、そんな事が言える立場じゃないので口をつぐむ。

「よろしい。
 お前さんの熱意に免じ、命だけは見逃してやろう」
「ありがとうございます」
「では代わりにだが……
 ラブソングでも歌ってもらおうかの……」
「はい、喜んで――え?」
 ラブソング?
 聞き間違えたかな。

「わしに愛の歌を捧げるのだ。
 わしを満足させることが出来れば、命を助けてやろう」
「えっと?」
「なんだ、不服か?
 なら殺してやる!」
「そうではなく」
 俺は慎重に言葉を選ぶ。

「こういう時の相場って、供物をささげるとかじゃないの?
 例えば狩った鹿の死体とか、あるいは俺の血とか」
「……わし、グロイの嫌い……」
「うす」
 あー、最近多様性だからね。
 そういう神様がいてもいいよね。

「で、どうする?
 死ぬか、ラブソングか?」
「ラブソングでお願いします」
「よかろう。
 では魂を込めて歌うがいい!」

 少女の合図で、流行りのラブソングを歌う。
 アカペラかつ歌に疎いのもあって歌詞は怪しいが、心を込めて歌えたはずだ。

 歌い終わり、少女を見る。
 すると少女は小さく頷き、鐘を叩いた。

 カーン。
 金属音が悲しく響く。
 テレビで見る時は笑っていたが、実際自分の立場になると結構ショックだった。
 渾身のラブソング、彼女の合格基準には届かないようだ……

 ……というかどこから取り出したの、それ?
 突っ込むべきか悩む俺をよそに、少女は歌の論評を始めた。

「だめじゃな、全然気持ちがこもっとらん。
 ラブソングで気持ちがこもってないって、致命的じゃぞ」
「そりゃ初対面ですし、会って五分ですし。
 プロの歌手でもないのに、気持ちを込められたら気持ち悪いですよ」
「罰ゲーム!」
「もう一度チャンスを!」
「いいぞ」
 あっさりとOKが出たことに驚く。

「わしとて鬼ではない。
 お前さんが諦めないと言うなら、最後まで付き合ってやろう」
「本音は?」
「暇なので出来るだけ引き伸ばして楽しみたい」
「暇つぶしかよ」
「しかたなかろう!
 ただ見守るだけって、変化がなくてつまらないんじゃよ!
 文句があるなら殺すが?」
「ありません」
「では歌え!
 わしを失望させるなよ」
 こうして俺と神様の、数年にわたる耐久ラブソングバトルが始まったのだった。


 ◇

 数年後。

「おぎゃあ、おぎゃあ」
「おーよしよし、いい子いい子」

 俺の手の中で、生まれたばかりの息子が大泣きしていた。
 体をゆすったりしてあやすが、一向に泣き止む気配がない。
 仕方ないと、俺は大きく息を吸う。

「ねんねんころりよ、おころりよ~
 坊やはよい子だ、ねんねしな~」
 俺が子守唄を歌うと、息子はスヤスヤと寝息を立て始めた。
 子守歌の才能があるのか、息子はすぐ眠りにつく。
 ようやくひと段落付いたと子供を布団に寝かせると、こちらを見ていた嫁と目があった。
 
「おまえさん子守歌だけは上手いのう。
 ラブソングは未だにヘタクソだと言うのにな!」
 妻の嫉妬のこもった言葉に、思わず苦笑する。
 息子が生まれて以来、毎日のように繰り返したやりとり。
 けれど少しも不快にならないのは、愛ゆえか。

「まあいい。
 息子も寝たことだし、今度はわしの番じゃな」
 見るからにウキウキし始めた妻に、思わず笑いがこぼれる。
 何年も聞いているのに飽きないらしい。

「じゃが次もダメじゃろうな。
 才能がない」
「そんな事は無い。
 昨日とは違う俺の歌を聞かせてやるよ」

 そうして俺はラブソングを歌う。
 今日もきっと鐘一つでだろう。
 だがそれで構わない。
 俺はまだ愛を伝えてきれないのだから。

 俺と神様のラブソングバトルは、まだ終わりそうにない

5/11/2025, 2:32:38 AM