「み゛ゃ、み゛ゃ、み゛ゃぁあああ゛ぁあ〜〜…………」
かっっ、わっっっっ!?
帰宅して早々、リビングで信じられない光景を目の当たりにした俺は、膝から崩れ落ちた。
ズゴャォオオオンッッ!!!!
ド派手な音を立てたせいで、彼女はギョッと目をむいて振り返る。
「ちょ、大丈夫? どうしたの?」
「…………いや、俺のセリフです」
扇風機の前でペタンと座り込み、首を伸ばして無防備に小さなお口を開けて声まで出していた。
しかも風呂上がりのためか、上裸である。
エアコンは効いているとはいえこの暑さだ。
湿度に侵された頸の周りの髪の毛は重たそうに乱れている。
くっきりと浮き出たきれいな肩甲骨には水滴がゆらゆらと乗っていた。
……これは、ちゃんと拭いていない結果だと断定する。
必然的に視線が彼女の下半身に誘われるついでに、膝の上でくしゃくしゃに丸まったバスタオルを拝借した。
タオルを背骨の筋の上に乗せていく。
蠱惑的に突き出している尻はさすがに紺色のスポーツ下着で隠されていた。
「服も着ずになにしてるんですか?」
「風を感じてる」
絶妙に鼻のつく言い回しで返された。
人工風の前でドヤ顔を向けられても、なにも響いてこない。
いや、視覚的な暴力で下半身にはよく響いた。
「風を感じるのに、声をあげる必要性ありました?」
「空気の流れが風の強弱で変わるから、音の聞こえ方に影響するはずだよ」
「……俺には、俺がいないことをいいことに扇風機の前ではしゃいでるようにしか見えませんでしたけど?」
「ふっ。それだって、この風の影響を受けてこそでしょ?」
「風っつうか、扇風機です」
「細かいこと言ってないで、ただ心のままに感じなよ」
小難しいこと並べてそれっぽいことを言っているのは彼女のほうなのに、なぜか嗜められる。
今日の彼女はちょっとだけ面倒くさい仕様だ。
そんな彼女もかわいいから問題ない。
問題があるのはそのしどけない格好だ。
彼女の肌から水気をとったあと、バスタオルで白くてみずみずしい肌を包み隠す。
「なんでもいいから、服を着てください」
赤らんだ肩と控えめに膨らむ胸はなんとか隠せた。
しかし、その下の立派な腹斜筋と、かわいらしく窪んだへその穴は露わになったままである。
呼吸するたびにふるふる揺れる素肌に目眩がした。
「もーっ、ちょっとくらいノってきてくれたっていいじゃん」
求めていた反応と違うのが気に食わないのか、すっかりいつもの調子でぷりぷりしながら唇を尖らせた。
正面から風を浴びていたせいか、前髪がひょこっと跳ねている。
防御力がゼロになった彼女の額を見て、俺は考えるのをやめた。
「おや。ノってもよかったんですね?」
シャツのボタンをふたつほど外して、その額にちゅ、とわざとらしくリップ音を押しつける。
そのまま目元、鼻先、頬、耳元へ唇を移していくと彼女は戸惑いながら視線を揺らした。
「どういうこと?」
「今しがた帰宅したばかりなので風呂も飯もまだですが、あなたが許してくれるなら俺は全く問題ありませんよ?」
跡がつかないように首筋にかぷりと歯を立てる。
皮膚が薄いせいか、すぐに赤く色づき熱を持った。
「ん、えっ? なにっ?」
「なにって、心のまま感じていればいいんでしょう?」
散々、練り上げられた美しい裸体を見せつけていたくせに、今さら警戒してバスタオルで体を隠そうとした。
「いつまでも服を着てくれないので、俺はお誘いと受け取りました」
「おさっ!? ち、違っ!?」
これまで涼しそうな顔をしていたのに、急にポポポッと顔を真っ赤にさせるのずるすぎる。
ノってこいと言ったのは彼女だ。
それならば俺も便乗させてもらう。
ただ、俺が感じるのは風ではなく彼女自身にはなるが。
「なにも考えず、ただ俺を感じてくださいね♡」
「ちょ、やだっ! 離せえぇぇっ!」
威勢よく逃げ出そうとする彼女に、がっしりとしがみついて物理で逃げ道を塞いだ。
容赦なく暴れるから何発か腹にキマったが、かまうことなくゆっくりと理性を溶かしていく。
今日の彼女は特にノリノリだったから、すぐにぽやぽやと瞳を蕩かしておとなしくなった。
そのタイミングで彼女を抱え上げる。
足先で扇風機のスイッチを切るという横着をして、彼女を寝室へ運んだのだった。
『風を感じて』
8/10/2025, 7:33:00 AM