『セーター』
え? なんかイメージと違うんだけど。
桃子は通販で届いた段ボールからセーターを取り出した。体型にフィットしたセーターを着て、下にはフレアースカートをはく。先週雑誌でそんな写真を見て、思い切ってネットでセーターを買ってみた。
買ったのはSサイズのセーターだ。桃子は先月13になったばかりで、背も低く痩せている。Mサイズだと体型にぴったりフィットしてくれないから、仕方なくサイズが豊富な通販を利用した。
実物を見て買えないのだから、サイズ感や質感はレビューや写真を見て判断するしかない。
学校から帰ると薄い段ボールがポスト投函されていた。ドキドキしながら開封し、さっそく着用して鏡の前に立った桃子の感想が冒頭のそれだった。
鏡に映るのは、ちょっとゆとりのあるセーターを着た桃子。やっぱりこの体型だと大人サイズは無理だったのかも。そう桃子は肩を落とした。
痩せている桃子はスカートもパンツも、大人用ではウエストがぶかぶかだ。だからベルト通しが付いていないボトムスははけない。ウエストがゴムならなんとかなるけど、可愛いスカートはどれもウエストにゴムなんて入っていない。
同じクラスの子にそれを言ったことがあるが、「何それ嫌味?」なんて言われてから、痩せて悩んでいることを言えなくなった。
世の中にはダイエットの方法は溢れているのに、その逆はほとんどない。桃子にとっては「細くていいな〜」という言葉も「太ってるね」と言われるのも同じように傷つくし失礼な言葉なのに、そこは誰も気を遣ってくれない。
サイズの合わないセータもそうだ。世の中には大きいサイズなんてのは色々あるくせに、小さいサイズってものはあまりないし、なぜか高額だったりする。世の中は不公平だ。
返品するのも面倒だ。客都合での返品となると往復の送料がかかる。どうにかフィットするようにできないか……。
「この前さ、ママがあたしの服を乾燥機にかけたら縮んじゃって着れなくなったんだよね」
ふとそんな友人の言葉を思い出した。
乾燥機にかければ縮むのか。それならこのセーターも縮んでサイズが合うかもしれない。桃子に迷いはなかった。
セーターを洗面所でびしょびしょに濡らし、そして乾燥機に入れてスイッチを押す。40分後には理想のサイズになっていることを祈りながら、しばしの待ち時間は漫画を読んで暇つぶしをすることにした。
あれ? もう乾燥終わってるんじゃない?
ふと気づくと辺りは真っ暗で、桃子は電気もつけずに漫画に没頭していた。
ワクワクと期待を込めて乾燥機へと向かう。桃子の足取りは軽い。
は?
桃子は乾燥機からセーターを取り出して驚愕した。そこにあったのは、編み目がギュウギュウに詰まってカチカチになった、幼稚園児くらいの子しか着れないようなサイズまで縮んだセーターだった。
桃子は自分が細いと自覚している。子供服だって着れるんだから、きっとこれだって着れる。
…………無理。まるでコルセットをキツく締めたように、息をするのも辛いくらいの締めつけ具合に、桃子はこのセーターを着ることを諦めた。
「桃子、そういえばなんか服買ったって言ってなかった?」
お母さんが夕飯の時に一番触れてほしくない話題を出してきた。
「服買ったけど、私のじゃなくてぬいぐるみのだから」
「あら、そうなの?」
本当は違うけど、あの服は枕元に置いてあるウサギのぬいぐるみしか着れないサイズになった。失敗したと言えばいいんだけど、それを話すのは恥ずかしくて、ぬいぐるみのために買ったことにした。
その日の夜は悔しくて眠れなかった。自分が悪いんだけど、納得できないことだってある。
「おはよー、桃子、寝不足? もしかしてこの前貸した漫画に没頭しちゃった?」
「そんなところ」
寝不足のまま学校に行くと、隣の席の亜矢ちゃんに寝不足がバレてしまった。
「ねえねえ、桃子聞いてよー」
「何? どうしたの?」
「昨日通販で買った服が届いたんだけど臭くてさ、すぐに洗濯したんだけど早く着たいからって乾燥機かけたら縮んで着れなくなっちゃったの。返品もできないしショックすぎるー」
「分かる」
本当に、痛いほど分かると桃子は思った。
「ねえ、亜矢ちゃん、実は私も。それで悔しくて寝れなかった」
「マジ?」
「マジマジ。乾燥機ってさ危険だよね」
「だね。乾燥機とセーターは相性最悪だね」
嫌なことがあったけど、お互い失敗という弱みを見せ合ったことで、二人の絆は深まった。
「ねえ、桃子、あの時のこと覚えてる?」
「ん? 何のこと?」
「セーター乾燥機事件」
「あ〜中1の時のね。覚えてる」
「洗濯表示とか二人で調べたよね」
「懐かしいね〜」
あれから20年、失敗が繋いだ友情は今でも変わらず続いている。
(完)
11/24/2024, 2:20:43 PM