汀月透子

Open App

〈落ち葉の道〉

 外回りの途中で立ち寄った小さな公園は、平日の昼下がりらしく静かだった。

 ベンチの上にコンビニの袋を置き、ため息をついたのは何度目だろう。おむすびのパッケージを外しながら考える。
 最近は、仕事そのものよりも、部下の教育や社内の雑事に気力を持っていかれている気がする。どうでもいい資料の体裁だの、誰が会議室を使っただの、正直くだらないことであちこち振り回され、胸の奥にじんわりとした疲れが溜まっていた。
 食べ終えて、ぼんやりと前を眺める。

 少し下の広場のようになった場所で、学生らしい十人ぐらいのグループが落ち葉をかき集めてはしゃいでいた。
 黄色いジャージ姿の子もいれば、黒いパーカーにイヤホンを引っかけた子もいる。年の頃は高校か大学か、そのあたりだろう。

「もっと濃い色のやつ、そっちにあるよ」
「こっちは薄いの。境目どうする?」
「もうちょい丸くしないとらしくならない?」

 そんな声が風にのって届いてくる。落ち葉で遊んでいるのかと思ったが、どうやら違う。
 何かを“描いて”いる。
 しばらく眺めていると、彼らが地面に並べた葉の輪郭が、だんだんとある形を成していった。

 気づけば、そこにはアニメのキャラクターが浮かび上がっていた。

 よく見れば、ただ黄色の葉を集めただけじゃない。枯れ色の濃いもの、まだ緑が残っているもの、カサついた淡い色のもの──それらを役割分担するように使い分け、影や輪郭まで表現している。落ち葉アート、というものだろう。

「赤いの落ちてない?ほっぺたに」
「あ、上にある! 拾ってくるよ」

 俺の後ろに色づいた楓がある。ちょうどいい具合の赤だ。
 拾ってくると言った女の子が上ってきた。俺が見ていることに気づいたようだ。

「すみません、うるさくて」
「いいや、見てて面白いよ」
「去年SNSで見たときに、私たちもやりたいなって思って……
 いい色になるまで待ってました」

 ニコニコと笑いながら、赤い葉を拾って降りて行った。

 待っていた色の葉が来て、彼らは嬉しそうに仕上げる。
 驚くほどの出来栄えに、思わず見入ってしまった。

「できたー! ちょっと上から見たい!」
「あ、上のベンチからだとよく見えたよ」

 そう言いながら、さっきの女の子と何人かが俺のいるベンチの方へ駆け上がってきた。
「すみませーん」と頭を下げられる。

 彼らはスマホを掲げ、ああだこうだと角度を変えながら写真を撮っている。

「やば、めっちゃ映えてる!」
「これ、誰かに見つかったら絶対バズるって」

 こどもかよ……と思ったが、心の中で言葉を飲み込む。
 学生だからこその熱量だし、俺にも昔はこういう無茶な行動力があった気がする。いつからだろうな、落ち葉をただのゴミみたいに見て、踏みつけて歩くだけになってしまったのは。

 彼らの作り上げた熱意を形に残したくなった。スマホを取り出し、カメラを立ち上げる。

「おじさんも撮っていいかい?」
「いいですよー」
「俺らの顔写さないでくださいね」
「SNSに上げるならハッシュタグつけて!」
 笑いながら言う彼らの顔がまぶしかった。 

 しばらくして彼らは満足そうに広場へ戻り、完成したアートの周囲でもう一度歓声を上げていた。俺の近くでも、子ども連れの親子が、はしゃぎながら眺めている。
 俺は立ち上がり、スーツの皺を軽く伸ばして公園を後にした。

 帰り道、足元でカサッと音を立てる落ち葉にふと目を落とした。
 黄色、茶色、赤茶色……よく見れば、同じようで全然違う色をしている。それぞれを丁寧に拾い上げていた彼らの姿が頭に浮かぶ。

「同じ落ち葉でも、色は色々なんだよな……」

 独りごちて、思わず苦笑する。
 仕事だって、部下だって、同じように見えてしまっていた。どうせまた面倒なことを言ってくる、とか。どうせ大して変わらない日々だ、とか。自分の視野が狭くなっていたのは、もしかするとそのせいかもしれない。

 風が吹き、落ち葉がひらりと舞い上がる。舞った葉の一枚が、俺の足元に落ちた。拾い上げてみると、思ったよりも鮮やかな金色をしていた。

「……戻ったら、あの新人にももう少し丁寧に話すか」

 そんな独り言が自然と出た。仕事そのものが急に変わるわけじゃない。けれど、見方を少し変えれば、違う色が見えることだってある。

 落ち葉の道を踏みしめながら、俺は会社へと歩き出した。背中に、さっきの学生たちの明るい声がまだ残っているような気がしていた。

──────

毎年、ついったなどに上がる落ち葉アートを楽しみにしてます。
ああ、紅葉見に行きたいなぁ……

※「君の隠した鍵」、書き上げました。
 長いですけど、お読みいただければ。

11/25/2025, 11:48:26 PM