約束
三年ぶりに、その街を訪れた。にぎわいは三年前と変わらないが、通りに並ぶ店は、いくらか入れ替わっているようだった。
それを眺めながら歩き、我ながら、何をやっているのかと呆れる。
会えるはずがない。いるわけもない。だってお互いに、名前も知らないのだ――。
それは三年前、この港町にしばらく滞在していた時だった。故郷を飛び出したものの行く宛はなく、流れ着いたこの街で、様々な仕事を請け負い日銭を稼いで暮らしていた。はじめは荷運びとか簡単な仕事だったが、いつの間にか剣を持ち、魔物退治や夜盗討伐をするようになっていた。埃にまみれた体には、血のにおいがこびりついていた。
奴と出会ったのは、行きつけの酒場。
弦楽器を携え、歌を交えた物語を語ったり、客の求めに応じて歌ったりする、旅の楽師だった。一通り歌った後、奴は、一人で飲んでいる俺の隣の席に来た。
「私の歌、お気に召さなかったかな?」
驚いて顔を上げたのは、それが女の声だったからだ。歌っている時は、男のように低い声だったのに。
「君、いかにも浮かない顔だ。それに、少々血腥い。ああ、みなまで言わなくていい。こういう街でこういう酒場には、君のような人もいるものだよ」
まくし立てるしゃべり方は男のようで服装も男物だが、顔はよく見れば女だった。
「いや君たちのような人々の働きがあって、我々の安全があると理解している。理解しているからこそ、せめてひととき、楽しんでもらおうとこうして酒場で歌っているのだが、いやはや、私もまだまだ修行が足りない。次に会う時は、君を笑顔にしてみせるよ」
「……次? 次に会う時なんざ、あるもんか」
「じゃあ、約束をしよう。そうだなあ、修行する時間も必要だから――三年後。三年後の、今日にしよう! 三年後の今日、またこの店で会おうじゃないか!」
「三年て、おまえ――」
莫迦じゃないかと言う前に、客の一人が楽師に歌ってくれと声をかけた。楽師の女は弦楽器を抱え、軽やかな声でそれに応じる。
「じゃあ君、三年後に」
明るくさわやかな笑顔を残して、楽師は店の中央へ戻っていった。それから、俺が店を出るまで歌い続けていた。目が合うことすら一度もなかった。
翌日、楽師は店に現れなかった。その翌日も、さらにその翌日も――俺が港町を去るまで、結局二度と、会うことはなかった。
会ったのも、わずかに言葉を交わしたこともたったの一度。その場限りで口先だけのような約束を、それでも忘れられなかったのは、刹那的に生きる時間の中で、先のことを約束した相手が、その楽師だけだったからだ。
三年後に会おう。
その約束を何となく忘れられず、生き延びてきた。その日が近付くにつれ、あの港町に向かって旅していた。
かつては行きつけだった酒場の看板は、変わらずあった。もう店はにぎわっている頃合いだ。
扉を開けると、にぎやかな声に混じって、歌が聞こえた。
3/4/2025, 1:32:02 PM